「ハリー、おまえさんが本当のことを言っとったと、いまではみんなが知っちょる」ハグリッドが出し抜けに、静かな声で言った。「少しはよくなったろうが」
ハリーは肩をすくめた。
「ええか……」ハグリッドがテーブルの向こうから、ハリーのほうに身を乗り出した。「シリウスのこたぁ、俺はおまえさんより昔っから知っちょる……あいつは戦って死んだ。あいつはそういう死に方を望むやつだった――」
「シリウスは、死にたくなんかなかった」ハリーが怒ったように言った。
ハグリッドのぼさぼさの大きな頭がうなだれた。
「ああ、死にたくはなかったろう」ハグリッドが低い声で言った。「それでもな、ハリー……あいつは、自分が家ん中でじーっとしとって、ほかの人間に戦わせるなんちゅうことはできねえやつだった。自分が助けに行かねえでは、自分自身に我慢がまんできんかったろう――」
ハリーは弾はじかれたように立ち上がった。
「僕、ロンとハーマイオニーのお見み舞まいに、医い務む室しつに行かなくちゃ」ハリーは機械的に言った。
「ああ」ハグリッドはちょっと狼狽ろうばいした。「ああ……そうか、そんなら、ハリー……元気でな。また寄ってくれや、暇ひまなときにな……」
「うん……じゃ……」
ハリーはできるだけ急いで出口に行き、戸を開けた。ハグリッドが別れの挨あい拶さつを言い終える前に、ハリーは再び陽光ようこうの中に出て芝生しばふを歩いていた。またしても、生徒たちが通り過ぎるハリーに声をかけた。ハリーはしばらく目をつぶり、みんな消えていなくなればいいのにと思った。目を開けたとき、校庭にいるのが自分一人だったらいいのに……。
数日前なら――試験が終る前で、ヴォルデモートがハリーの心に植うえつけた光景こうけいを見る前だったら――ハリーの言葉が真実だと魔法界が知ってくれるなら、ヴォルデモートの復活をみんなが信じてくれるなら、ハリーが嘘うそつきでもなければ狂ってもいないとわかってくれるなら、何を引き換かえにしても惜おしくなかっただろう。しかしいまは……。
ハリーは湖の周囲を少し回り、岸辺きしべに腰を下ろした。通りがかりの人にじろじろ見られないように灌木かんぼくの茂しげみに隠れ、キラキラ光る水面みなもを眺ながめて物思いに耽ふけった……。
独りになりたかった。たぶん、ダンブルドアと話して以来、自分が他の人間から隔絶かくぜつされたように感じはじめたからだろう。目に見えない壁かべが、自分と世界とを隔へだててしまった。ハリーは「印しるされし者」だ。ずっとそうだったのだ。ただ、それが何を意味するのか、これまでははっきりわかっていなかっただけだ……。
それなのに、こうして湖の辺ほとりに座っていると、悲しみの耐たえ難がたい重みに心は沈み、シリウスを失った生々なまなましい痛みが心の中で血を吹いていたが、恐きょう怖ふの感覚は湧わいてこなかった。太陽は輝かがやき、周りの校庭には笑い声が満ち満ちている。自分が違う人種であるかのように、周囲のみんなが遠くに感じられはしたが、それでもここに座っていると、やはり信じられなかった――自分の人生が、人を殺すか、さもなくば殺されて終ることになるのだとは……。
ハリーは水面を見つめたまま、そこに長い間座っていた。名な付づけ親おやのことは考えまい……ちょうどこの湖の向こう岸で、シリウスが百を超こえる吸きゅう魂こん鬼きの攻撃こうげきから身を護まもろうとして、倒れてしまったことなど、思い出すまい……。
ふと寒さを感じたとき、太陽はもう沈んでいた。ハリーは立ち上がり、袖そでで顔を拭ぬぐいながら城に向かった。