正面で何が行われているのか、四人にはよく見えなかったが、ハグリッドが亡骸を台の上にそっと載のせたようだった。それからハグリッドは、トランペットを吹くような大きな音を立てて鼻はなをかみながら通路を引き返し、咎とがめるような目をハグリッドに向けた何人かの中に、ドローレス・アンブリッジがいるのをハリーは見た……ダンブルドアならちっとも気にしなかったに違いないと、ハリーにはわかっていた。ハグリッドがそばを通ったとき、ハリーは親しみを込めて合図を送ってみたが、ハグリッドの泣き腫はらした目では、自分の行き先が見えていることさえ不思議だった。ハグリッドが向かっていく先の後列の席をちらりと見たハリーは、ハグリッドが何に導みちびかれているのかがわかった。そこに、ちょっとしたテントほどの大きさの上着とズボンとを身に着けた、巨人のグロウプがいた。醜みにくい大岩のような頭を下げ、おとなしく、ほとんど普通の人間のように座っている。ハグリッドが異父弟のグロウプの隣となりに座ると、グロウプはハグリッドの頭をポンポンと叩たたいたが、その強さにハグリッドの座った椅い子すの脚あしが地中にめり込んだ。ハリーはほんの一いっ瞬しゅん、愉快ゆかいになり、笑い出したくなった。しかしそのとき音楽がやみ、ハリーはまた正面に向き直った。
黒いローブの喪服もふくを着た、髪かみの毛がふさふさした小さな魔法使いが立ち上がり、ダンブルドアの亡なき骸がらの前に進み出た。何を言っているのか、ハリーには聞き取れなかった。途と切ぎれ途切れの言葉が、何百という頭の上を通過して後列の席に流れてきた。「高貴こうきな魂たましい」……「知的な貢こう献けん」……「偉大いだいな精せい神しん」……あまり意味のない言葉だった。ハリーの知っているダンブルドアとは、ほとんど無縁むえんの言葉だった。ダンブルドアが二言三言をどう考えていたかを、ハリーは突然思い出した。
「そーれ、わっしょい、こらしょい、どっこらしょい」
またしても込み上げてくる笑いを、ハリーはこらえなければならなかった……こんなときだというのに、僕はいったいどうしたんだろう?
ハリーの左のほうで軽い水音がして、水中人が水面に姿を現し、聞き入っているのが見えた。二年前、ダンブルドアが水辺みずべに屈かがみ込み、マーミッシュ語で水中人の女おんな長おさと話をしていたことを、ハリーは思い出した。いまハリーが座っている場所の、すぐ近くだった。ダンブルドアは、どこでマーミッシュ語を習ったのだろう。
ついにダンブルドアに聞かずじまいになってしまったことが、あまりにも多い。ハリーが話さずじまいになってしまったことが、あまりにも多い……。
そのとたん、まったく突然に、恐ろしい真実が、これまでになく完璧かんぺきに、否定しようもなくハリーを打ちのめした。ダンブルドアは死んだ。逝いってしまった……冷たいロケットを、ハリーは痛いほど強く握りしめた。それでも熱い涙なみだがこぼれ落ちるのを止めることはできなかった。ハリーは、ジニーやほかのみんなから顔を背そむけて湖を見つめ、「禁じられた森」に目をやった。喪服の小柄こがらな魔法使いが、単調な言葉を繰くり返している……木々の間に何かが動いた。ケンタウルスたちもまた、最後の別れを惜おしみに出てきたのだ。ケンタウルスたちが人目に触ふれるところには姿を現さず、弓を脇わきに抱え、半なかば森影もりかげに隠かくれてじっと立ち尽くしたまま参さん列れつ者しゃを見つめているのが見えた。最初に「禁じられた森」に入り込んだときの悪夢あくむのような経験を、ハリーは思い出した。あの当時の仮の姿のヴォルデモートとはじめて遭遇そうぐうしたこと、ヴォルデモートとの対決のこと、そして、そのあと間もなく、勝ち目のない戦いについて、ダンブルドアと話し合ったことを思い出した。ダンブルドアは言った。何度も何度も戦って、戦い続けることが大切だと。そうすることではじめて、たとえ完全に根絶こんぜつできなくとも、悪を食い止めることが可能なのだと……。