「ヤックスリー、スネイプ」
テーブルのいちばん奥から、甲高かんだかい、はっきりした声が言った。
「遅い。遅刻ちこくすれすれだ」
声の主ぬしは暖炉を背にして座っていた。そのため、いま到着したばかりの二人には、はじめその黒い輪郭りんかくしか見えなかった。しかし、影に近づくにつれて、薄明うすあかりの中にその顔が浮かび上がってきた。髪かみはなく、蛇へびのような顔に鼻孔びこうが切り込まれ、赤い両眼りょうがんの瞳ひとみは、細い縦線たてせんのようだ。蝋ろうのような顔は、青白い光を発しているように見える。
「セブルス、ここへ」ヴォルデモートが自分の右手の席を示した。「ヤックスリー、ドロホフの隣となりへ」
二人は示された席に着いた。ほとんどの目がスネイプを追い、ヴォルデモートが最初に声をかけたのもスネイプだった。
「それで」
「わが君きみ、不ふ死し鳥ちょうの騎き士し団だんは、ハリー・ポッターを現在の安全な居所から、来きたる土曜日の日暮れに移動させるつもりです」
テーブルの周辺がにわかに色めき立った。緊張きんちょうする者、そわそわする者、全員がスネイプとヴォルデモートを見つめていた。
「土曜日……日暮れ」
ヴォルデモートが繰くり返した。赤い眼めがスネイプの暗い目を見み据すえた。その視線のあまりの烈はげしさに、傍はたで見ていた何人かが目を背けた。凶暴きょうぼうな視線が、自分の目を焼き尽つくすのを恐れているかのようだった。しかしスネイプは、静かにヴォルデモートの顔を見つめ返した。ややあって、ヴォルデモートの唇くちびるのない口が動き、笑うような形になった。
「そうか。よかろう。情じょう報ほう源げんは――」
「打ち合わせどおりの出所から」スネイプが答えた。
「わが君」
ヤックスリーが長いテーブルの向こうから身を乗り出して、ヴォルデモートとスネイプを見た。全員の顔がヤックスリーに向いた。
「わが君、わたしの得た情報は違っております」
ヤックスリーは反応を待ったが、ヴォルデモートが黙だまったままなので、言葉を続けた。
「闇やみ祓ばらいのドーリッシュが漏もらしたところでは、ポッターは十七歳になる前の晩、すなわち三十日の夜中までは動かないとのことです」
スネイプがにやりと笑った。
「我輩わがはいの情じょう報ほう源げんによれば、偽にせの手掛かりを残す計画があるとのことだ。きっとそれだろう。ドーリッシュは『錯乱さくらんの呪文じゅもん』をかけられたに違いない。これが初めてのことではない。あやつは、かかりやすいことがわかっている」
「畏おそれながら、わが君きみ、わたしが請うけ合います。ドーリッシュは確信があるようでした」
ヤックスリーが言った。
「『錯乱の呪文』にかかっていれば、確信があるのは当然だ」スネイプが言った。「ヤックスリー、我輩が君に請け合おう。闇祓やみばらい局きょくは、もはやハリー・ポッターの保護には何の役割も果たしておらん。騎き士し団だんは、我々が魔ま法ほう省しょうに潜入せんにゅうしていると考えている」
「騎士団も、一つぐらいは当たっているじゃないか、え」
ヤックスリーの近くに座っているずんぐりした男が、せせら笑った。引きつったようなその笑い声を受けて、テーブルのあちこちに笑いが起こった。
ヴォルデモートは笑わなかった。上でゆっくりと回転している宙吊ちゅうづりの姿に視線を漂わせたまま、考え込んでいるようだった。