「ものは何だ」
「楡にれです、わが君」マルフォイがつぶやくように言った。
「芯しんは」
「ドラゴン――ドラゴンの心臓の琴線きんせんです」
「うむ」ヴォルデモートは自分の杖を取り出して長さを比べた。
ルシウス・マルフォイが一瞬、反射はんしゃ的てきに体を動かした。代わりにヴォルデモートの杖を受け取ろうとしたような動きだった。ヴォルデモートは見逃さなかった。その眼が意い地じ悪わるく光った。
「ルシウス、俺様おれさまの杖つえをおまえに 俺様の杖を」
周囲から嘲笑あざわらう声が上がった。
「ルシウス、おまえには自由を与えたではないか。それで十分ではないのか どうやらこのところ、おまえも家族もご機き嫌げん麗うるわしくないように見受けるが……ルシウス、俺様がこの館にいることがお気に召めさぬのか」
「とんでもない――わが君きみ、そんなことは決して」
「ルシウス、この嘘うそつきめが……」
残忍ざんにんな唇くちびるの動きが止まったあとにも、シューッという密ひそやかな音が続いているようだった。そのシューッという音は次第に大きくなり、居並いならぶ魔法使いが身動きもしない中で、一人、二人と堪こらえきれずに身震みぶるいした。同時に、テーブルの下を、何か重たいものが滑すべっていく音が聞こえた。
巨大な蛇へびが、ゆっくりとヴォルデモートの椅い子すに這はい上がった。大蛇だいじゃは、どこまでも伸び続けるのではないかと思われるほど高々と伸び上がり、ヴォルデモートの首の周りにゆったりと胴体どうたいを預けた。大の男の太腿ふとももほどもある鎌首かまくび。瞬まばたきもしない両眼りょうがん。縦たてに切り込まれた瞳孔どうこう。ヴォルデモートは、ルシウス・マルフォイを見み据すえたまま、細長い指で無意識に蛇をなでていた。
「マルフォイ一家はなぜ不幸な顔をしているのだ 俺様が復帰して勢力を強めることこそ、長年の望みだったと公言していたのではないのか」
「わが君、もちろんでございます」
ルシウス・マルフォイが言った。上うわ唇くちびるの汗を拭ぬぐうマルフォイの手が震えていた。
「私どもはそれを望んでおりました――いまも望んでおります」
マルフォイの左ひだり隣どなりでは、ヴォルデモートと蛇から目を背けたまま、妻が不自然に硬かたいうなずき方をした。右隣では、宙吊ちゅうづりの人間を見つめ続けていた息子のドラコが、ちらりとヴォルデモートを見たが、直接に目が合うことを恐れてすぐに視線を逸そらした。
「わが君」
テーブルの中ほどにいた黒髪くろかみの女が、感激かんげきに声を詰つまらせて言った。
「あなた様がわが親族しんぞくの家にお留とどまりくださることは、この上ない名誉めいよでございます。これに優すぐる喜びがありましょうか」
厚ぼったい瞼まぶたに黒髪の女は、隣に座っている妹とは似ても似つかない容貌ようぼうの上、立たち居い振ふる舞まいもまったく違っていた。体を強張こわばらせ、無表情で座る妹のナルシッサに比べて、姉のベラトリックスは、お側そばに侍はべりたい渇望かつぼうを言葉では表しきれないとでもいうように、ヴォルデモートのほうに身を乗り出していた。