玄関げんかんのドアがバタンと閉まる音が階段を上がってきたと思ったら、呼び声が聞こえた。
「おい、こら」
十六年間こう呼ばれ続けてきた身としては、おじが誰を呼んでいるかがわかる。しかしハリーは、すぐには返事をせず、まだ鏡のかけらを見つめていた。いましがた、ほんの一瞬いっしゅん、ダンブルドアの目が見えたような気がしたのだ。「小僧こぞう」の怒ど鳴なり声でようやくハリーはゆっくり立ち上がり、部屋のドアに向かった。途中とちゅうで足を止め、持っていく予定の物を詰め込んだリュックサックに、割れた鏡のかけらも入れた。
「ぐずぐずするな」ハリーの姿が階段の上に現れると、バーノン・ダーズリーが大声で言った。「下りてこい。話がある」
ハリーはジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、ぶらぶらと階段を下りた。居間に入ると、ダーズリー一家三人がそろっていた。全員旅たび支じ度たくだ。おじのバーノンは淡あわい黄おう土ど色いろのブルゾン、おばのペチュニアはきちんとしたサーモンピンクのコート、ブロンドで図体が大きく、筋きん骨こつ隆りゅう々りゅうのいとこのダドリーはレザージャケット姿だ。
「なにか用」ハリーが聞いた。
「座れ」バーノンおじさんが言った。ハリーが眉まゆを吊つり上げると、おじは「座ってくれないか」と言い換えたが、言葉が鋭するどく喉のどに突き刺ささったかのように顔をしかめた。
ハリーは腰掛こしかけた。次に何が来るか、わかるような気がした。バーノンは往いったり来きたりしはじめ、ペチュニアとダドリーは心配そうな顔でその動きを追っていた。バーノンおじさんは、意識いしきを集中するあまりどでかい赤ら顔を紫むらさき色いろのしかめ面にして、やっとハリーの前で立ち止まって口を開いた。
「気が変わった」
「そりゃあ驚いた」ハリーが言った。
「そんな言い方はおやめ――」ペチュニアおばさんが甲高かんだかい声で言いかけたが、バーノン・ダーズリーは手を振ふって制した。
「戯言たわごとも甚はなはだしい」バーノンおじさんは豚ぶたのように小さな目でハリーをにらみつけた。「一言も信じないと決めた。わしらはここに残る。どこにも行かん」
ハリーはおじを見上げ、怒るべきか笑うべきか複雑ふくざつな気持になった。この四週間というもの、バーノン・ダーズリーは二十四時間ごとに気が変わっていた。そのたびに、車に荷物を積つんだり降おろしたりまた積んだりを繰くり返していた。あるときなど、ダドリーが自分の荷物に新たにダンベルを入れたのに気づかなかったバーノンが、その荷物を車のトランクに積み直そうと持ち上げたとたん押しつぶされて、痛みに大声を上げながら悪態あくたいをついていた。これがハリーのお気に入りの一場面だった。