「ハリー・ポッター」ハリーが玄関を開けたとたん、興奮こうふんした甲高かんだかい声が言った。藤ふじ紫むらさき色いろのシルクハットを被かぶった小柄こがらな男が、深々とハリーにお辞じ儀ぎした。「またまた光栄こうえいの至いたり」
「ありがとう、ディーダラス」黒髪くろかみのヘスチアに、ちょっと照れくさそうに笑いかけながら、ハリーが言った。「お二人にはお世話になります……おじとおばといとこはこちらです……」
「これはこれは、ハリー・ポッターのご親戚しんせきの方々」ディーダラスはずんずん居間に入り込み、うれしそうに挨拶あいさつした。ダーズリー一家のほうは、そういう呼びかけはまったくうれしくないという顔をした。ハリーはこれでまた気が変わるのではないかと半なかば覚悟かくごした。ダドリーは魔法使いと魔女の姿に縮ちぢみ上がって、ますます母親にくっついた。
「もう荷造にづくりもできているようですな。結構けっこう、結構 ハリーが話したと思いますがね、なに、簡単な計画ですよ」チョッキのポケットから巨大な懐かい中ちゅう時計どけいを引っ張り出し、時間を確かめながらディーダラスが言った。「我々はハリーより先に出発します。この家で魔法を使うと危険ですから――ハリーはまだ未成年なので、魔ま法ほう省しょうがハリーを逮捕たいほする口実を与えてしまいますんでね――そこで、我々は車で、そうですな、十五、六キロ走りましてね、それからみなさんのために我々が選んでおいた安全な場所へと『姿くらまし』するわけです。車の運転は、たしか、おできになりますな」バーノンおじさんに、ディーダラスが丁寧ていねいに尋たずねた。
「おできに―― むろん運転はよくできるわい」
バーノンが唾つばを飛ばしながら言った。
「それはまた賢かしこい。実に賢い。わたしなぞ、あれだけボタンやら丸い握にぎりやらを見たら、頭がこんがらがりますな」ディーダラスはバーノン・ダーズリーを誉ほめ上げているつもりに違いなかったが、何か言うたびに、見る見るバーノン・ダーズリーの信頼しんらいを失っていた。
「運転もできんとは」ダーズリー氏が口ひげをわなわな震ふるわせながら、小声でつぶやいたが、幸いディーダラスにもヘスチアにも聞こえていなかった。
「ハリー、あなたのほうは」ディーダラスが話し続けた。「ここで護衛ごえいを待っていてください。手はずにちょっと変更へんこうがありましてね――」
「どういうこと」ハリーが急せき込こんで聞いた。「マッド‐アイが来て、『付添つきそい姿くらまし』で僕を連れていくはずだけど」
「できないの」ヘスチアが短く答えた。「マッド‐アイが説明するでしょう」
それまでさっぱりわからないという顔で聞いていたダーズリーたちは、「急げ」と怒ど鳴なるキーキー声で飛び上がった。ハリーは部屋中を見回してやっと気づいたが、声の主ぬしはディーダラスの懐かい中ちゅう時計どけいだった。
「そのとおり。我々は非常に厳きびしいスケジュールで動いてますんでね」ディーダラスは懐中時計に向かってうなずき、チョッキにそれをしまい込んだ。「我々は、ハリー、あなたがこの家を出発する時間と、ご家族が『姿すがたくらまし』する時間を合わせようとしていましてね。そうすれば、呪文じゅもんが破やぶれると同時に、あなたがた全員が安全なところに向かっているという算段さんだんです。さて――」ディーダラスはダーズリー一家に振ふり向いた。「準備じゅんびはよろしいですかな」
誰も答えなかった。バーノンおじさんは愕然がくぜんとした顔で、ディーダラスのチョッキの膨ふくれたポケットをにらみつけたままだった。