ヘスチアは憤慨ふんがいしたようだった。同じような反応を、ハリーはこれまでも見てきた。有名なハリー・ポッターに対して、まだ生きている親族しんぞくの中ではいちばん近いこの家族があまりに冷淡れいたんなことに、魔法使いたちはショックを受けるらしい。
「気にしないで」ハリーがヘスチアに言った。「ほんとに、何でもないんだから」
「何でもない」聞き返すヘスチアの声が高くなり、険悪けんあくになった。
「この人たちは、あなたがどんな経験をしてきたか、わかっているのですか あなたがどんなに危険な立場にあるか、知っているの 反ヴォルデモート運動にとって、あなたが精神的にどんなに特別な位置を占しめているか、認識にんしきしているの」
「あの――いえ、この人たちにはわかっていません」ハリーが言った。「僕なんか、粗大そだいゴミだと思われているんだ。でも僕、慣れてるし――」
「おまえ、粗大ゴミじゃないと思う」
ダドリーの唇くちびるが動くのを見ていなかったら、ハリーは耳を疑ったかもしれない。ハリーはそれでもなおダドリーを見つめ、いましゃべったのが自分のいとこだと納得なっとくするのに、数秒かかった。間違いなくダドリーがそう言った。一つには、ダドリーが赤くなっていたからだ。ハリーもきまりが悪くなったし、意表いひょうを衝つかれて驚いていた。
「えーと……あの……ありがとう、ダドリー」
ダドリーは再び表現しきれない思いと取り組んでいるように見えたが、やがてつぶやいた。
「おまえはおれの命を救った」
「正確には違うね」ハリーが言った。「吸きゅう魂こん鬼きが奪うばい損そこねたのは、君の魂たましいさ」
ハリーは不思議なものを見るように、いとこを見た。今年も、去年の夏も、ハリーは短い間しかプリベット通りにいなかったし、ほとんど部屋にこもりきりだったので、ダドリーとは事実上接触せっしょくがなかった。しかし、ハリーはたったいま、はたと思い当たった。今朝がた踏ふんづけたあの冷めた紅茶のカップは、悪戯いたずらではなかったのかもしれない。ハリーは胸が熱くなりかけたが、ダドリーの感情表現能力がどうやら底をついてしまったらしいのを見て、やはりほっとした。ダドリーはさらに一、二度、口をパクパクさせたが、真っ赤になって黙だまり込んでしまった。
ペチュニアおばさんはワッと泣き出した。ヘスチアはそれでよいという顔をしたが、おばが駆かけ寄よって抱きしめたのがハリーではなくダドリーだったので、憤怒ふんぬの表情に変わった。
「な――なんて優しい子なの、ダッダーちゃん……」ペチュニアは息子のだだっ広い胸に顔を埋うずめてすすり泣いた。「な――なんて、い、いい子なんでしょう……あ、ありがとうって言うなんて……」
「その子はありがとうなんて、言っていませんよ」ヘスチアが憤慨ふんがいして言った。「ただ、『ハリーは粗大そだいゴミじゃないと思う』って言っただけでしょう」
「うん、そうなんだけど、ダドリーがそう言うと、『君が大好きだ』って言ったようなものなんだ」ハリーは説明した。ダドリーにしがみつき、まるで自分の息子が燃え盛さかるビルからハリーを救い出しでもしたかのように泣き続けるペチュニアおばさんを見て、ハリーは困ったような、笑いたいような複雑ふくざつな気持だった。
「行くのか行かないのか」居間の入口にまたまた顔を現したバーノンおじさんがわめいた。「スケジュールが厳きびしいんじゃなかったのか」
「そう――そうですとも」わけがわからない様子で一いち部ぶ始し終じゅうを眺ながめていたディーダラス・ディグルが、やっと我に返ったかのように言った。「もう本当に行かないと。ハリー――」
ディーダラスはひょいひょい歩き出し、ハリーの手を両手でぎゅっと握にぎった。
「――お元気で。またお会いしましょう。魔法界の希望はあなたの双肩そうけんにかかっております」
「あ――」ハリーが言った。「ええ、ありがとう」
「さようなら、ハリー」ヘスチアもハリーの手をしっかり握った。「わたしたちはどこにいても、心はあなたと一緒いっしょです」
「何もかもうまくいくといいけど」
ハリーは、ペチュニアおばさんとダドリーをちらりと見ながら言った。
「ええ、ええ、わたしたちはきっと大の仲良しになりますよ」ディグルは部屋の入口でシルクハットを振ふりながら、明るく言った。ヘスチアもそのあとから出ていった。