「おまえさんは、どこにも行かねえ」ハグリッドがうなるように言った。「とんでもねえ、ハリー、おまえさんをここに連れてくるのに、あんだけいろいろあったっちゅうのにか」
「そうだ。俺おれの流血の片耳はどうしてくれる」ジョージはクッションの上に起き上がりながら言った。
「わかってる――」
「マッド‐アイはきっと喜ばないと――」
「わかってるったら」ハリーは声を張り上げた。
ハリーは包囲されて責せめられているような気持だった。みんなが自分のためにしてくれたことを、僕が知らないとでも思っているのか だからこそ、みんなが僕のためにこれ以上苦しまないうちに、たったいま出ていきたいんだってことがわからないのか 長い、気きづまりな沈黙ちんもくが流れ、その間もハリーの傷痕きずあとはチクチクと痛み、疼うずき続けていた。
しばらくして沈黙ちんもくを破やぶったのは、ウィーズリーおばさんだった。
「ハリー、ヘドウィグはどこなの」おばさんがなだめすかすように言った。「ピッグウィジョンと一緒いっしょに休ませて、何か食べ物をあげましょう」
ハリーは内臓ないぞうがぎゅっと締しめつけられた。おばさんに本当のことが言えなかった。答えずにすむように、ハリーはグラスに残ったファイア・ウィスキーを飲み干した。
「いまに知れ渡るだろうが、ハリー、おまえさんはまた勝った」ハグリッドが言った。「あいつの手を逃れたし、あいつに真上まで迫せまられたっちゅうのに、戦って退しりぞけた」
「僕じゃない」ハリーがにべもなく言った。「僕の杖つえがやったことだ。杖がひとりでに動いたんだ」
しばらくしてハーマイオニーが優しく言った。
「ハリー、でもそんなことありえないわ。あなたは自分で気がつかないうちに魔法を使ったのよ。直感的に反応したんだわ」
「違うんだ」ハリーが言った。「バイクが落下していて、僕はヴォルデモートがどこにいるのかもわからなくなっていた。それなのに杖が手の中で回転して、あいつを見つけて呪文じゅもんを発射はっしゃしたんだ。しかも、僕には何だかわからない呪文だった。僕はこれまで、金色の炎なんて出したことがない」
「よくあることだ」ウィーズリーおじさんが言った。「プレッシャーがかかると、夢にも思わなかったような魔法が使えることがある。まだ訓練を受ける前の小さな子どもがよくやることだが――」
「そんなことじゃなかった」ハリーは歯を食いしばりながら言った。傷痕が焼けるように痛んだ。腹が立っていらいらしていた。ハリーこそヴォルデモートと対抗たいこうできる力を持っていると、みんなが勝手に思い込んでいるのが嫌いやでたまらなかった。
誰も何も言わなかった。自分の言ったことを信じていないのだと、ハリーにはわかっていた。それに、考えてみれば、杖がひとりでに魔法を使うという話は聞いたことがない。
傷痕きずあとが焼けつくように痛んだ。うめき声を上げないようにするのが精せい一いっ杯ぱいだった。外の空気を吸ってくるとつぶやきながら、ハリーはグラスを置いて居間を出た。
暗い裏庭うらにわを横切るとき、骨ばったセストラルが顔を向けて、巨大なコウモリのような翼つばさをすり合わせたが、またすぐ草を食はみはじめた。ハリーは庭に出る門のところで立ち止まり、伸び放題の庭木を眺ながめ、ズキズキ疼うずく額ひたいを擦こすりながら、ダンブルドアのことを考えた。
ダンブルドアなら、ハリーを信じてくれただろう、絶対に。ダンブルドアならハリーの杖つえがなぜひとりでに動いたのかも、どのように動いたのかもわかっていただろう。ダンブルドアは、どんなときにも答えを持っていた。杖一いっ般ぱんについても知っていたし、ハリーの杖とヴォルデモートの杖の間に不思議な絆きずながあることも説明してくれた……しかし、ダンブルドアは逝いってしまった。そして、マッド‐アイも、シリウスも、両親も、哀あわれなハリーのふくろうも、みんな、ハリーが二度と話ができないところへ行ってしまった。ハリーは喉のどが焼けるような気がしたが、それは、ファイア・ウィスキーとは何の関係もなかった……。
するとそのとき、まったく唐突とうとつに、傷痕の痛みが最さい高潮こうちょうに達した。額を押さえ、目を閉じると、頭の中で声が聞こえてきた。