ゆっくりと、本当にゆっくりと、ハリーは体を起こした。起こしながら、自分の生身なまみの体を感じ、自分が生きていることをこれまでになく強く感じた。自分がどんなに奇き跡せき的てきな存在であるかを、これまでどうして一度も考えたことがなかったのだろう 頭脳、神経、そして脈打つ心臓――それらすべてが消える……少なくともハリーがそこから消える。ハリーは、ゆっくりと深く息をしていた。口も喉のどもからからだったが、目も乾かわききっていて、涙はなかった。
ダンブルドアの裏切りなど、ほとんど取るに足りないことだった。なにしろ、より大きな計画が存在したのだから。愚おろかにもハリーには、それが見えなかっただけのことなのだ。ハリーはいま、それを悟った。ハリーに生きてほしいというのがダンブルドアの願いだと勝手に思い込んで、一度もそれを疑ったことはなかった。しかし自分の命の長さは、はじめから分霊ぶんれい箱ばこのすべてを取とり除のぞくのにかかる時間と決められていたのだ。ハリーはいまになってそれがわかった。ダンブルドアは、分ぶん霊れい箱ばこを破壊はかいする仕事を、ハリーに引き継いだ。そして、ハリーは従順にも、ヴォルデモートの生命いのちの絆きずなを少しずつ断ち切ってきた。しかしそれは、自分の生命の絆をも断ち切り続けることだった 何というすっきりした、何という優雅ゆうがなやり方だろう。何人もの命をむだにすることなく、すでに死ぬべき者として印された少年に、危険な任務を与えるとは。その少年の死自体が、惨事さんじではなくヴォルデモートに対して新たな痛手を与えるものとなるのだ。
しかもダンブルドアは、ハリーが回避かいひしないことを知っていた。それがハリー自身の最期であっても、最後まで突き進むであろうことを知っていた。なにしろダンブルドアは、手間ひまをかけて、それだけハリーを理解してきたのだから。事を終結させる力がハリー自身にあると知ってしまった以上、ハリーは、自分のためにほかの人を死なせたりはしない。ダンブルドアもヴォルデモート同様、そういうハリーを知っていた。大おお広ひろ間まに横たわっていたフレッド、ルーピン、トンクスの亡骸なきがらが否応いやおうなしにハリーの脳のう裏りに蘇よみがえり、ハリーは一瞬いっしゅん、息ができなくなった。死は時を待たない……。