しかしダンブルドアは、ハリーを買いかぶっていた。ハリーは失敗したのだ。蛇へびはまだ生きている。ヴォルデモートを地上に結びつけている分霊箱の一つが、ハリーが殺されたあとも残るのだ。たしかにその任務は、ほかの誰がやるにせよ、より簡単な仕事になるだろう。誰が成し遂げるのだろう、とハリーは考えた……ロンとハーマイオニーなら、もちろん何をすべきかをわかっているだろう……あの二人に打ち明けることを、ダンブルドアがハリーに望んだのは、そういう理由だったのかもしれない……ハリーが、自分の運命を少し早めに全まっとうすることになった場合、その二人が引き継げるようにと……。
雨が冷たい窓を打つように、さまざまな思いが、真実という妥協だきょうを許さない硬かたい表面に打ちつけた。真実。ハリーは死ななければならない、という真実。僕は、死ななければならない。終わりが来なければならない。
ロンもハーマイオニーもどこか遠くに離れ、遠方の国にでもいるような気がした。ずいぶん前に、二人と別れたような気がした。別れの挨拶あいさつも説明もするまいと、ハリーは心に決めた。この旅は、連れ立っては行けない。二人はハリーを止めようとするだろうが、それは貴重な時間をむだにするだけだ。ハリーは、十七歳の誕生日に贈られた、くたびれた金時計を見た。ヴォルデモートが降伏こうふくのために与えた時間の、約半分が過ぎていた。
ハリーは立ち上がった。心臓が、バタバタともがく小鳥のように飛び跳ねて、肋骨ろっこつにぶつかっていた。残された時間の少ないことを知っているのかもしれない。もしかしたら、最期が来る前に一生分の鼓動こどうを打ち終えてしまおうと決めたのかもしれない。校長室の扉とびらを閉め、ハリーはもう振り返らなかった。
城は空からっぽだった。たった一人で、一歩一歩を踏ふみしめながら歩いていると、自分がもう死んでゴーストになって歩いているような気がした。肖しょう像ぞう画がの主たちは、まだ額がくに戻ってはいない。城全体が不気味な静けさに包まれ、残っている温かい血は、死者や哀あい悼とう者しゃで一杯の大おお広ひろ間まに集中しているかのようだった。