そのとき、ハリーの周囲の、まだ形のない無の中から物音が聞こえてきた。軽いトントンという音で、何かが手足をバタつかせ、振り回し、もがいている。哀あわれを誘う物音だったが、同時にやや猥雑わいざつな音だった。ハリーは、何か恥はずかしい秘密の音を盗み聞きしているような、居心地の悪さを感じた。
ハリーは、急に何かを身にまといたいと思った。
頭の中でそう願ったとたん、ローブがすぐ近くに現れた。ハリーはそれを引き寄せて身にまとった。柔らかく清潔せいけつで温かかった。驚くべき現れ方だ。ほしいと思ったとたんに、さっと……。
ハリーは立ち上がって、あたりを見回した。どこか大きな「必要ひつようの部へ屋や」の中にいるのだろうか 眺ながめているうちに、だんだん目に入るものが増えてきた。頭上には大きなドーム型のガラス天井が、陽光ようこうの中で輝いている。宮殿かもしれない。すべてが静かで動かない。ただ、バタバタという奇妙きみょうな音と哀れっぽく訴うったえるような音が、靄の中の、どこか近くから聞こえてくるだけだ……。
ハリーはゆっくりとその場でひと回りした。ハリーの動きにつれて、目の前で周囲がひとりでに形作られていくようだった。明るく清潔で、広々とした開放的な空間、「大おお広ひろ間ま」よりずっと大きいホール、それにドーム型の透明とうめいなガラスの天井。まったく誰もいない。そこにいるのはハリーただ一人。ただし――。
ハリーはびくりと身を引いた。音を出しているものを見つけたのだ。小さな裸はだかの子どもの形をしたものが、地面の上に丸まっている。肌はだは皮を剥はがれでもしたようにザラザラと生々しく、誰からも望まれずに椅い子すの下に置き去りにされ、目につかないように押し込まれて、必死に息をしながら震えている。
ハリーは、それが怖こわいと思った。小さくて弱々しく傷きずついているのに、ハリーはそれに近寄りたくなかった。にもかかわらずハリーは、いつでも跳び退すされるように身構えながら、ゆっくりとそれに近づいていった。やがてハリーは、それに触ふれられるほど近くに立っていたが、とても触れる気にはなれなかった。自分が臆おく病びょう者ものになったような気がした。慰なぐさめてやらなければならないと思いながらも、それを見ると虫唾むしずが走った。
「きみには、どうしてやることもできん」
ハリーはくるりと振り向いた。アルバス・ダンブルドアが、ハリーに向かって歩いてくる。流れるような濃紺のうこんのローブをまとい、背筋を伸ばして軽快な足取りでやって来る。
「ハリー」
ダンブルドアは両腕を広げた。手は両方とも白く完全で、無傷だった。
「なんとすばらしい子じゃ。なんと勇敢ゆうかんな男じゃ。さあ、一緒いっしょに歩こうぞ」