らんの花 (3)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29 点击:3344
ちょうど、
春先のことでした。
友人を
訪ねると、
「これは、
故郷から
送ってきた、らんの
花を
漬けたのだが、
飲んでみないか。」と、
湯に
入れて
出してくれました。
「らんの
花?」
私は、
茶わんの
中をのぞくと、
白いらんの
花がぱっと
開いて、
忘れがたい
薫りがしたのです。これを
見た、
私の
胸はとどろきました。
「
君、これは、どこのらんかね。」
「
故郷の
山にあるらんだよ。そこは、
南傾斜の
深い
谷になっていて、らんの
花のたくさんあるところだ。
嶮しいから、めったに
人がいかないが、
春いくと、じつにいい
香いがするそうだ。」
友だちは、らんについて、
無関心のもののごとくただ
故郷の
山の
美しさを
讃美して、きかせたのであります。
私がその
山へ、
友だちにも
告けずに、らんを
探しにいったのは、すぐ
後のことです。じつをいえば、
矛盾と
恥じますが、
花の
美にあこがれるよりは、一
万円に
値するらんを
探すためだったのです。
山には、まだところどころに
雪が
残っていました。しかし五
月の
半ばでしたから、
木々のこずえは、
生気がみなぎって
光沢を
帯び、
明るい
感じがしました。
谷には、
雪があって、わずかに
底を
流れる
水の
音がしたけれど、その
音を
聞くだけで、
流れの
姿は
見えませんでした。そして
雪の
消えたがけには、ふきのとうが
萌え、
岩鏡の
花が
美しく
咲いていました。
峠に
立つと
山の
奥にも
山が
重なり
返っていました。それらの
山々は、まだ
冬の
眠りから
醒めずにいます。この
辺は
終日人の
影を
見ないところでした。ただ、
友を
呼ぶ、うぐいすの
声がしました。かわらひわが
鳴いていました。まれに、やまばとの
声がきこえてきます。
「ああ、いい
薫りが……らんの
香いだ!」
白い
花の
咲くらんのあるところへきたという
喜びが、
強く
私を
勇気づけました。しかしながら、このとき、
白い
雲が、
谷を
見下ろしながらいきました。
「
花は、
神さまに
見せるために
咲いているのだ。
花を
愛するなら、らんを
取ってはいけない。」
私は、はっきりと
雲の
言葉を
耳にきくことができました。けれど、
私は、それに
従わなかったのです。
石から
足を
踏み
外すと、
谷底へ
墜落して、
左の
手を
折りました。この
不具になった
手をごらんください。そして、いまでも、
思い
出しますが、そのときの
雲の
姿がいかに
神々しくて、
光っていたか。
人の
思想も、なにかに
原因するものか、
以来、
私は、
地上の
花よりは、
大空をいく
雲を
愛するようになりました。
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