これにひきかえて、
母子のくまを
打たずにもどったやさしい
猟人は、どうか、はやく、あの
母子のくまはどこかへ
隠れてくれればいいと
思いながら
歩いてきました。
家ではおかみさんが
待っていました。
「うちの
人は、
久しぶりで
山へはいったのだが、いい
獲物を
見つけて、うまくしとめて、
無事にもどってくれればいい。そして、くまのいがいい
値で
売れたら、
子供にも
春着が
買ってやれるし、
暮らしもよくなるだろうし、こんないいことはないのだが。」と、
思っていました。そこへ、
夫がから
手で、
帰ってきましたから、
「
獲物が
見つかりませんでしたか。」と、ききました。
猟師は、
見つけたが、
母子ぐまが、
平和に
無邪気に、
遊んでいるので、かわいそうで
打てなかったと
答えました。
すると、おかみさんが、またやさしい
心の
人で、
「それは、いいことをなさいました。
親子の
情に、
人間もくまも、かわりはないでしょう。
思いやりがあるなら、どうしてそれが
打たれましょう。また、
日をあらためて、お
出かけなさいまし。」といったのであります。
二、三
日たってから、
猟師は、ふたたび
鉄砲をかついで
出かけました。すると
途中で、なんでもこのあいだのこと、
猟師が
山でくまを
打ちそこねて、くまのために
大けがをして
山を
下ったという
話をききました。
「それなら、
自分がもどるときに、
出あったあの
猟師でなかろうか。たいへん
自慢をしていたが、きっと
打ちそこねて、くまにかみつかれたのかもしれない。」と、
猟師は
考えました。
一
度、そんなことがあると、くまは
気がたっていますから、もし、こんど
人間を
見たら、どんなに
怒って
飛びかかってくるかもしれないと
考えましたから、
猟師はすこしも
油断をせずに
山の
中へはいってゆきました。
この
前、
母ぐまと
子ぐまの
遊んでいた、
裏山までやってきました。ああ、ここだったなと
思ってながめますと、そのときと
同じように、とちの
木の
葉は、
黄色にいろづいて、
熟した
実がいくつも、いくつもぶらさがっていました。しかし、くまの
姿は、
今日は
見えませんでした。
「あの
猟師の
打ったくまというのは、あのときの
母ぐまではなかったろうか。」と、
猟師は
思いました。
もし、そうであったら、あの
母ぐまと
子ぐまは、いまごろどうなっているだろうと
考えながら、一
歩、一
歩、
奥へとはいってゆきました。
たちまち、
猟師は、
草の
倒れているところへ
出ました。それは、くまが、もうすこし
前に
通ったあとでした。こうなると、いつ、どこからくまが
飛び
出してくるかわからないので、
猟師は
用心の
上にも
用心をして、ゆきますと、どこか、あちらのがけのあたりで、ものすごいうなり
声のようなものがきこえました。
「あ、こないだの
猟師に
打たれた、くまが
傷をうけて
倒れているのだな。」と、
猟師はすぐに
頭に
浮かびました。
「よし、おれが、
今日はしとめてくれるぞ。」と
力んで、
猟師は
足音を
忍んで、
近よって、そのようすをうかがいました。ところがどうでしょう。
倒れているのは、まさしくこのあいだの
母ぐまであって、
子ぐまが、かなしそうに、お
母さんの
傷口をながめながら、なめては、またなめているではありませんか。
これを
見た
猟師は、どうして、
鉄砲を
向けることができましょう。
彼は、
気づかれないように
後ずさりをしました。そして、また、くまを
打たずに
家へもどったのでありました。
「ああ、
暮らしのためといいながら、なんて
殺生するのはいやな
商売だろう。あのくまを
殺すのはぞうさもないが、
金のために、そんなむごいことができようか。」と、
猟師がため
息をつきました。
ところが、
困ったことには、おかみさんが
重いかぜにかかって、どっさり
床についたのです。
貧乏で、
医者にかけるどころか、あたたかなおいしいものをたべさせることもできません。
頼むところはなし、どうすることもできなく、
猟師は
自分のだいじな
鉄砲を
売ろうと
決心しました。なぜならほかに、
売るような
金目の
品物は、なんにもなかったからです。
「これを
手放してしまえば、
明日から、
自分は、
猟にゆくことができない。」と、
思いましたが、
妻が
病気なら、そんなことをいっていられませんので、ある
朝、
鉄砲を
持って、
町へ
出かけようとしました。
ちょうど、そこへ、
旅の
薬屋さんがやってきました。あれから、くま
打ちにいかなかったかと、たずねましたから、
猟師が、その
後のことをすっかり
打ち
明けて
物語ったのでした。だまってきいていた
薬屋さんが、いくたびもうなずいて、
「いや、やさしいお
心がけです。それでこそ、ほんとうの
人間です。
私は、こうして
真正のくまのいをさがしていますのも、
人の
命を
助けたいためからで、ただ
金もうけのためばかりではありません。きけばお
困りになって、
商売道具をお
売りなさるとか、とんだことです。
私は、ここに
金を
置いてゆきますから、このつぎきますまでに、そんなかわいそうなくまでない、もっと
恐ろしい
大ぐまをしとめて、きもをとっておいてください。」といって、
金を
渡してゆきました。
あとで、この
話きいた
村の
人たちは、
猟師をほめれば、また
薬屋さんを
感心な人
だといって、ほめたのであります。