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青木、品川の両人場末の活動写真を見ること_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3340

青木、品川の両人場末の活動写真を見ること


それから一月ばかり、別段のお話もなく 過去 すぎさ った。
云うまでもなく、青木は品川に九段坂の出来事を話すことはしなかったけれど、あの様な結論を下したものの、まだ何となく疑念が残っていたので、名古屋へ帰る前に、一度品川を訪ねて見た。
九段坂事件の三日あとである。
「どうだい近頃は、相変らず退屈しているのかね」
品川は 隔意 かくい のない明るい調子であった。
どうも変だ。この快活で平凡な男が、蔭であんな悪事を働いているのかと思うと、余りのお芝居の巧みさに、怖くなる程であった。
しばら く話したあとで愛之助はふとこんなことを云って見た。
「この間の日曜日にね、九段のお祭りを見に行ったよ。そして娘曲馬団を見物した」
彼は云いながら、じっと相手の表情を注意した。
ところが、驚くべし、品川は顔の筋一つ動かさないで、見事な平気さで、答えたのである。
「そうそう、 此間中 このあいだじゅう 招魂祭だったね。例の いかもの 食いかね。久しいもんだ」
で、結局青木の疑念ははれなかった。うやむやの内にいとまを告げて、間もなく名古屋へ帰った。
さて、九段坂以来一ヶ月たった 或日 あるひ である。十一月の末だ。青木愛之助は上京して、二日目に、買物があって、ある百貨店へ出掛けた。百貨店はクリスマス用品の売出しで、非常に賑わっていた。
買物を うち へ届ける様に頼んで置いて、一階へとエレベーターに這入った。普通の箱の三四倍もある、この百貨店自慢の大エレベーターである。
「混み合いますから、おあとに願います」
エレベーター・ボーイが、そう云って殺到する乗客を押し出した程の、身動きもならぬ満員であった。
ふと気がつくと、又もや人込みの中の品川四郎である。
彼は箱の向側の隅に、肥満紳士と最新令嬢の間にはさまって、小さくなっていた。
愛之助は地下鉄でサムを見つけたクラドック刑事の様に目を見はった。
彼は人のうしろに顔を隠して相手に悟られぬ様にしながら、じっと品川の挙動を注意した。肥満紳士、気の毒に、やられているなと思ったりした。
一階につくと、人波に押されて箱を出た。振向いて、若し品川と顔を見合わせたら、先方が極りを悪がるだろうと遠慮して、愛之助は何気なく出口の方へ歩いて行った。
すると、うしろから彼の名を呼ぶものがある。
「青木君じゃないか。オイ、青木君」
振向くと、アア何という 図々 ずうずう しい奴だ。品川四郎がニコニコして、そこに立っていたではないか。
「オオ、品川君か」青木は初めて気がついた体で「ひどく混雑するね」と、これは皮肉をこめて云ったものだ。
「いい所で逢った。 是非 ぜひ 君に見てもらい いものがあるんだ。君の畑のものなんだ。それで実はお訪ねしようと思ったのだけれど、こちらへ来ているかどうか分らなかったものだから」
品川は青木と肩を並べて、出口の方へ歩きながら、突然そんなことを云い出した。
「ホオ、それは一体何だね」
愛之助は相手の人を呑んだ態度に、あきれ果てていた。
「イヤ、見れば分るんだがね」と品川、「実に驚くべき事件なんだ。これが僕の思っている通りだとすると、前代未聞の 椿事 ちんじ だ。だが、ひょっとすると、僕の誤解かも知れぬ。そこで君に確めて もら おうと思うのだがね。来てくれるかい。少し遠方だが」
青木は最初てれかくしを云っているなと思った。だが、相手の調子が中々真剣である。それに内容が はなは だ好奇的で、彼の猟奇心をそそることしきりであった。
「何だか知らないが、遠方と云って、どの辺だね」
愛之助は聞返さないではいられなかった。
「ナニ、東京は東京だがね。少し 場末 ばすえ なんだ。 本所 ほんじょ 宝来館 ほうらいかん という活動小屋なんだ」益々意外な返事である。
「ヘエ、活動小屋に何かあるのかね」
「何があるものか、活動写真さ」品川は笑いながら「活動写真は活動写真だが、それが少し変なんだ。日活現代劇部の作品でね、『怪紳士』というつまらない 追駈 おっか け物なんだが」
「怪紳士、フン、探偵劇だね。それがどうかしたのかね」
「マア見れば分るよ。予備知識なしに見てくれる方がいい。その方が正確な判断が出来る。来てくれるだろうね。こういうことの相談相手は君の外にはないのだから」
「何だか、妙に気を持たせるね。だが、別に用事もないんだから、行くことは行ってもいいよ」その実、猟奇者青木愛之助は、もう行きたくてウズウズしていたのである。
そこで二人は、品川の呼んだタクシーに乗って、本所の宝来館に向ったのだが、車中で の様な会話が取交された。
「君が活動写真に興味を持っていたとは知らなかった」青木が不思議そうに云った。事実品川四郎は小説や芝居などには、縁の遠い様な男だったからである。
「イヤ、ある人に教わって、久し振りで見たんだ。君はよく実際の出来事はつまらないと云っているが、こいつばかりは君も驚くに相違ない。事実は小説よりも奇なりって云う、僕の持論を裏書きする様な事件だよ」
「活動写真の筋がかね」
「マア、見れば分るよ。ところで、その絵を見る前に、君の記憶を確めて置き度いのだが、今年の八月二十三日に君は東京にいた筈だね」品川は次々と奇妙なことを云い出すのである。
「八月と、八月は二十日まで 弁天島 べんてんじま にいた。弁天島を引上げると同時に東京へ来た。そして確か十日ばかりいた筈だから、二十三日は、無論東京にいた訳だよ」
愛之助は相手の意味は分らぬけれど、 かく も答えた。
「しかも、丁度二十三日に僕と逢っているのだよ。日記帳をくって見て、それが分った。僕達はあの日帝国ホテルのグリルで飯を食った。君が僕をあすこの演芸場へ引ぱって行ったのだ」
「そうそう。そんなことがあったっけ。セロの演奏を聴いたのだろう」
「そうだ。僕はなお念の為、あれが二十三日だったということを、ホテルに聞合わせて確かめたから、この点は間違いがない」青木愛之助の好奇心は、 愈々 いよいよ 高まった。品川は一体全体、何の必要があって、八月二十三日を、かくも重大に考えているのであろう。
「さて、そこで、これを読んでくれ たま え」
品川は、ポケットから、一通の手紙を出して、愛之助に渡した。
開いて見ると、左の様な文面である。
拝復
御尋ねの場面は、京都 四条 しじょう 通りです。撮影日附は八月二十三日です。これは撮影日記によって御答えするのですから、 万々 ばんばん 間違いはありません。
右御返事のみ。
齋藤久良夫 さいとうくらお
品川四郎様
「齋藤久良夫というのは、確か日活の監督だね。知っているのかい」愛之助は手紙を品川に返して、云った。
「そうだよ。『怪紳士』を作った監督だよ。知っている訳じゃない。突然手紙で尋ねてやったのだ。感心にすぐ返事をくれたよ。ところで、この手紙が証拠第二号だ。つまりこの手紙によって、『怪紳士』のある場面が、八月二十三日に、京都四条通りで撮影されたことが、確実になった訳だ」
品川はまるで裁判官か探偵の様な言い方をした。八月二十三日というものを、あらゆる方面から研究して、動きの取れぬ様にしようとかかっている。だが、それは一体全体何の為にだ。
「オヤ、こいつは面白くなって来たぞ」
愛之助は 薄々 うすうす 事情を悟ることが出来た。なる程、これは品川の云う通り、一大椿事に相違ないと思った。彼の好奇心はハチ切れそうにふくれ上った。
「ところで、八月二十三日に君とホテルへ出かけたのは、おひる少し過ぎだったね。二時頃だと思うのだが」
品川はまだ八月二十三日にこだわっている。
「そう、その時分だった」
「それから夕食を一緒にやったんだから、君と別れたのは日暮れだった」
「ウン、日が暮れていただろう」
「これ丈けの事実をよく記憶して置いてくれ給え。この時間の関係が非常に重大なんだ。アア、それから念の為に云って置くが、京都東京間を一番早く走る汽車は特急だね、それが十時間以上かかるということだ」事の仔細を悟ってしまった青木には、品川のこのくだくだしい説明が、うるさかった。それよりも、早く問題の「怪紳士」の写真が見たくてたまらなかった。
「アア、ここだここだ」品川が車を止めた。降りると、広くガランとした大通りに、誠に田舎びた、粗末な活動小屋が建っていた。
二人は一等の切符を買って、二階席の畳の上に、ジメジメした座蒲団を敷いて貰って坐った。 さいわい なことに、丁度これから問題の「怪紳士」が始まる所であった。
写真が映り始めた。浅草の本場へは、二週間も前に出た、時期おくれの写真である。
探偵劇にろくなものはない。主人公の 所謂 いわゆる 怪紳士は、つまりルパンなのだが、 燕尾服 えんびふく を着た学生みたいな男であった。それと刑事とがお きま りの活劇を演じるのだ。
無論愛之助は、写真の筋なんか見ようともしなかった。筋を見ないで画面を見た。京都四条通りの風景が現われるのを、今か今かとかたずを呑んだ。
「サア、よく見ていてくれ給え」隣の品川が愛之助の膝をついて合図をした。
ルパン追撃の場面である。二台の自動車が京都の町を疾駆した。ルパンが自動車を飛降りて刑事をまこうとした。燕尾服のルパンがステッキ片手に、白昼の町を走る。背後に、現われて来たのは、見覚えのある南座だ。四条通りだ。
自動車が走る。小僧さんの自転車が走る。舗道を常の様に市民が通行している。その間を縫って 異形 いぎょう の怪漢が走って行く。
と、突然画面の右の隅へ、うしろ向きの 大入道 おおにゅうどう が現われた。活劇を見物している市民の一人が、うっかりカメラの前へ首を出したのであろう。
愛之助はある予感に胸がドキドキした。果して、その大入道が、振返ってカメラを見た。スクリーンの四分一位の大きさで、一人の男の顔ばかりが、ギョロリとこちらを見た。
ほんの一瞬間であった。邪魔になると注意でもされたのか、その顔は、こちらを見たかと思うと、 たちま ち画面から消えてしまった。
その 刹那 せつな 、愛之助はギョッとして息が止まった。大抵は予期していたのだけれど、彼の隣の見物席に坐っている、品川四郎の顔が、畳一畳程の大きさになって、前のスクリーンへ現われた感じは 実以 じつも て異様なものであった。
偶然「怪紳士」の画面に顔を出した、見物人というのは、品川四郎その人であったのだ。

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