この世に二人の品川四郎が存在せること_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29 点击:3339
この世に二人の品川四郎が存在せること
その場面は八月二十三日京都四条通で撮影されたことが分っている。と同時に、その同じ日に、品川と愛之助とは、東京の帝国ホテルで一緒に昼飯を食った。両方とも間違いはない。すると品川四郎は、同日に東京と京都と両方にいたことになる。だが両都の間には特急十時間の距離がある。京都市街の撮影を見物して、同じ日の昼飯を東京で食うなんて、全然不可能な事だ。
そこで、この日本に、品川四郎とソックリの男が、もう一人別に存在するという結論になる。九段でスリを働いたのも、そのもう一人の方の品川四郎に相違ないのだ。
「君はどう考えるね。僕はあれを見てから、この世がひどく変てこなものに思われて来たのだよ」
活動小屋を出て、名も知らぬ場末の町を歩きながら、品川四郎が途方に暮れた
体
で、愛之助に話しかけた。
「それについて、僕は思当ることがあるのだが、君はこの秋の九段のお祭を見に行きやしまいね」
愛之助は念の為に確めて見た。
「イイヤ、僕はああ云うものには、大して興味がないのでね」
案の定、先日の九段の男は品川ではなかったのだ。そこで、愛之助は例のスリの一件を詳しく話して聞かせ、最後にこう附け加えた。
「どうしても君としか見えなかったものだから、実を云うと、僕は君を疑っていたのだよ。
内々
スリを働いているんじゃないかとね。ハハハハハ滑稽だね、それで遠慮をして、その後逢った時にも、
態
とそのことを話さなんだのさ」
「ヘエ、そんなことがあったのかい。すると
愈々
、もう一人の僕がいる訳だね」
品川は少々怖くなった様子である。
「
双生児
かも知れないぜ。君は知らなくても、君には赤ん坊の時分に分れた双生児があるのじゃないかい」
「イヤ、そんなことはあり得ないよ。僕の家庭はそんな秘密的なんじゃない。双生児があればとっくに分っている筈だ。それに双生児だって、あんなソックリのがあるだろうか」
「双生児でないとすると、全くの他人で、双生児以上によく似た二人の人間が、この世に存在し
得
るかどうかという問題になるね」
「だが、僕にはそんなことは信じられん。同じ指紋が二つないと同様、同じ人間が二人ある筈がない」
品川四郎はあくまで実際家である。
「だって君、いくら信じられんと云っても、動かし難い証拠があるんだから仕方がないよ。スリの一件と今の活動写真だ。それに僕はそういうことが全然あり得ないとは思わない。夢みたいな話だがね、僕の書生時代にこんな経験があるんだよ」
渇望していた怪奇に今こそありついた青木愛之助は、もう
有頂天
であった。
「大学の近くの若竹亭ね(寄席の)学生時代僕はあすこへちょいちょい行ったものだが、行く度に必ず見かける一人の紳士があった。いつも極った隅っこの方にキチンと坐って聴いている。連れはなく独りぽっちだ。その紳士の顔なり姿なりが、…………、………………………………写真にソックリなんだ。髪の刈り方から、
口髭
の具合、いくらか頬のこけたところまで、全く
生写
しなんだ。で、僕はよく思ったことだがね、…………生活なんて、まるで我々の窺い知ることの出来ないものだが、案外日本でもスチブンソンの『自殺倶楽部』やマークトウエンの『乞食王子』みたいなことがないとも限らぬ。あの紳士はひょっとしたら真実その……忍び姿じゃあるまいかとね。そして、僕は高座よりは、その紳士の動作にばかり目をつけていたものだ。これは無論僕の妄想で、よく似た別人に極っているが、そんな……に生写しの人さえいるんだから、世の中に全く同じ顔の人間がいないとは、断言出来ぬと思うよ」
「そう云えばね、僕も実は経験がないでもないのだよ」
品川四郎は、少し青ざめた頬を、ピリピリと痙攣させながら、
内密
話の様な低い声で云うのだ。
「もう三年にもなるかな、大阪の
道頓堀
でね、人にもまれて歩いていると、うしろから肩を叩く奴があるんだ。そして、ヤア何々さんじゃありませんか、暫くでしたね、というんだ。無論僕の名前じゃないのだよ。で、人違いでしょうと云っても中々承知しない。そして、ホラ、何々会社で机を並べていたじゃありませんかなんて、僕に思い出させようとするんだが、僕はその何々会社なんて、名も知らないのだ。結局
不得要領
で分れたが、それがやっぱりこの世のどこかにいる、もう一人の僕のことだったかも知れないね」
「ホウ、そんなことがあったの。若しそうだとすれば、その男はきっと僕が九段で味ったと同じ、変てこな気持がしたに相違ないね」
当人の品川はしょげているのに反して、青木愛之助はひどく嬉しそうである。
「君は呑気なことを云っているが、僕にして見れば、随分不愉快なことだよ。考えて見給え、この俺とソックリそのままの奴が、この世のどこかに、もう一人いるんだ。実にいやな気持だよ。若しそいつに出会ったら、いきなりなぐり殺してやり
度
い位だよ。そればかりじゃない、もっと恐ろしいことがある。君の話によると、奴はどうも悪人らしい。スリを働く位ならいいが、もっとひどい犯罪、例えば人を殺すという様なことが起ったら、僕はそいつと生写しなんだから、どんな拍子で、嫌疑をかけられないとも限らん。僕はそいつの犯罪を止めだてすることは勿論、予知さえ出来ないのだ。
随
って僕の方にアリバイの成立たぬ場合もあるだろう。考えて見ると、非常に恐ろしいことだよ。相手がどこの何者だか分らぬだけに恐ろしいのだよ。
それから、こういう場合も考えて見なければならない。つまり、僕の方ではその男を知らないけれど、その男の方では僕を知っているという場合だ。僕は雑誌に写真が出るから、先方は僕よりも、ずっと気づき易い立場だからね。しかも、そいつが悪人なんだ。悪人が自分と寸分違わぬ男を発見した時、どんなことを、どんな恐ろしいことを考えるか。君、これが分るかね。そいつは、若し僕に妻があれば、その妻をだって、盗むことが出来るんだよ」
二人は車を呼ぶことも忘れて、夢中に喋りながら、場末の町を行先も定めず歩き続けた。
品川四郎はそうして次から次へと、不気味な場合を考え出しては喋っている内に、「二人の品川四郎」という不可説なる怪奇が、徐々に、非常に恐ろしい事に思われ出したらしく、彼の目が怪談を聞いている人の様に、不思議な光を放って来るのであった。
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