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現場不在証明_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337
 

現場不在証明アリバイ


午後一時、波越警部は、神田区東亜ビル三階の科学雑誌編輯部のドアをノックした。
給仕の案内で、応接間に通る、次に一社員が現われて御用件を承る長髪を綺麗になでつけ、眼鏡をかけた壮年社員だ。
彼は用件を聞いて引きさがると、自身お茶を運んで来て、うやうやしく警部の前に置いた。そして、へやを去る時、何故か鼻下のチョビ髭に手を当てて、オホンと奇妙なせきをした。どうも自然に出た咳ではなさそうだ。
やがて社長の品川氏が現われた。警部は彼の表情から何事かを読取ろうと、目をこらしたが、品川氏はただにこやかに微笑しているばかりだ。決して心に秘密を持つ人の顔ではない。
警部が昨夜の顛末てんまつを手短に物語ると、品川氏は忽ち笑いを納めて、震え声になった。
「とうとう現われましたか。相棒がそんな危険分子だとすると、今度は又何か、ひどく大がかりな悪企みを始めたんじゃありますまいか」
だが、彼はただ驚き恐れるばかりで、彼自身の昨夜のアリバイを語ろうとはしない。老練な波越氏は、心の中で、
「オヤ、変だぞ、若しこいつが一人二役を勤めている悪人だったら、何はおいても、第一にアリバイの云い訳をする筈だが、そんなぶりのないのは、やっぱり明智君の考え過ぎかな」
と思った。で、仕方なくこちらから切り出して、
「昨晩は御宅で御やすみだったのでしょうね」
と尋ねて見た。
「エエ、無論宅で寝みましたが……、アアそうですか。成程成程、私、ウッカリして居りました」
品川氏は一寸不快な顔になって、ツカツカとドアの所へ立って行き、それを開いて編輯所の方へ声をかけた。
「山田君、山田君、一寸来てくれ給え」
呼ばれてやって来た山田という社員は、さいぜん警部の前にお茶を運んで、立去りぎわに妙な咳をした男であった。
「山田君、この方の前で正直に答えてくれ給え。君昨夜ゆうべ寝たのは何時頃だったね」
「ブリッジで夜更かしをして、もう東の方が少し明るくなってましたから、四時近かったかも知れません」
「ブリッジの相手は?」
「何ですって」山田社員は妙な顔をした。「きまっているじゃありませんか、あなた御自身と社の村井、金子両君です。両君とも帰れなくって、御宅へ泊ったのを御忘れですか」
「ブリッジを始めたのは何時頃だったかしら?」
「サア、九頃でしょう[#「九頃でしょう」はママ]」
「それから夜明けまで、僕は座をはずした様なことはなかったね」
「エエ。便所へ立たれた外は」
そこで、品川氏は警部の方へ向き直り、得意顔に云った。
「御聞きの通りです。御望みなれば、なお村井、金子両君の証言を御聞かせしてもよろしい。それに、この山田君は、僕同様独身者で、僕の宅に同居しているのですから、この人に知られない様に、家を抜け出すなんてとても出来やしません」
「イヤイヤ、決してあなたをうたぐっている訳じゃないのです」波越警部は少からずテレた形で、
「ただ、念の為に一寸御尋ねしたまでです」
と苦しい云い訳をしたが、内心では、
「家に同居している社員などの証言では、どうも少し」
と半信半疑であった。
それから暫らく雑談を交わしたあとで、警部は編輯所を辞して、東亜ビルの玄関を出た。「この足で品川の留守宅を訪ねて、傭人やといにんを検べて見るかな」と考えながら、半町も歩いた時、突然うしろから呼びかけるものがあった。
振向くと、さっきの山田という社員が、追駈おいかけて来たのだ。そして、
「御一緒に警視庁へ参りましょう」と、変なことを云う。
「エ、警視庁に何か御用がおありですか」
「ハア、その高名者番附とかを一度拝見したいと思いましてね」
波越氏はハッとして、相手の横顔を凝視した。
「君は誰です」
「分りませんか」
人通りの少い横丁へ曲ると、山田社員は、眼鏡をはずし、ふくみ綿をはき出し、チョビ髭を払い落し頭の毛をモジャモジャとやった。
「アア、明智君」
波越警部は、びっくりして叫んだ。
顔料はまだそのままだが、顔の形は明智小五郎に相違ない。彼は警部の驚き顔を無視して話し始める。
「さっきの僕の証言は嘘じゃない。昨夜やっこさん確かにどこへも出なかった。僕は君達の会話を立聞きしていたが、あのA新聞の記者が偽写真でも作ったのでなければ、幽霊男の存在は確実になった訳だ」
「偽写真でないことは一見すれば分るよ」警部は面喰って答える。「それに、昨夜二時頃、マグネシウムを焚いたことは、宮崎家の召使にも気づいたものがあって、間違いはない。……だが驚いたね、君、あすこの社員なのかね」
「ウン、まだ入社して半月にもならない。だが、紹介者がいいので、社長すっかり信用してしまって、僕が宿に困っているていを装うと、当分家へ来て居給えという事になったのさ」
「で、愈々君も疑いがはれた訳だね」
「ウン、この目で見ていたんだからね。だが実に不思議だ。どうして、そんな同じ顔の人間が出来たのだろう。古今東西に例のないことだ。君にしたって、僕が品川の一人二役を疑ったのを無理だと思うまい」
「思わないとも。実はさっき、そのことを総監から伺って、君の明察に感じ入った程だ」
「恐ろしいことだ」明智は心から、恐ろしそうに云った。彼の如き人物には珍らしい言葉である。
「波越君、これは決してただ事ではないよ。数百年数十年の伝習が作り上げた人間の常識だ。その常識をのり越えて突然全く新しい事柄が起るというのは、考え得られぬことだ。この事件の奥には何かしらゾッとする様な恐ろしい秘密がある。僕はこの頃、身の毛もよだつ、ある幻想に悩まされているのだよ。科学を超越した悪夢だ。人類の破滅を予報する前兆だ」
併し、この明智の暗示的な物の云い方は、波越警部には通じなかった。彼は全く別のことを云った。
「幽霊男と共産党の握手か。と云って総監に笑われたが、君この点をどう思うね」
「僕はまともに考える。彼奴きゃつの大陰謀の一つの現われではないかと思う。宮崎常右衛門氏の紡績会社は、確か争議中だったね」
「アア、君の考えもそこへ来たね。争議中だ。男女工一団となって、まるで非常識な要求を持出している。だが、その意味で宮崎家を襲ったとすると、家人に少しの危害も加えず、何一品持出していないのが不思議だね」
「それが、重大な点だ。奴等は何かしら運び出した。併し邸内には紛失したものがない。この不気味な矛盾。……恐ろしいことだ」
「で、君はあの番附みたいな連名帳を信じるかね。第二に襲われるのは君自身だという」
それを聞くと、何故か明智は真蒼になった。
「エ、何だって、じゃ連名帳に僕の名があるのか。それが二番になっているのか」
「そうだよ。そして、君の次が赤松警視総監だ」
波越氏はそう云って、快活に笑って見せようとしたが、明智の異様な恐怖の表情を見ると、つい笑いが引込んでしまった。

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