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名探偵誘拐事件_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337

名探偵誘拐事件


科学雑誌社長品川四郎と寸分たがわぬ泥棒があった。というお伽噺とぎばなしみたいな事実が、いつの間にかべらぼうに大きな、途方もない事件に変化して行った。
事件がすっかり落着してから、内閣総理大臣大河原是之おおかわらこれゆき氏は、(同氏もこの事件の被害者の一人であって、大切な一人息子を失いさえしたのだが)ある昵懇じっこんの者に述懐じゅっかいしたことがある。
「明智小五郎君は、日本国の、イヤ世界全人類の恩人である。若し彼が此度の大陰謀を未然に防いで呉れなかったならば、この日本は、イヤイヤ、英国にせよ、米国にせよ、仏蘭西フランス伊太利イタリー独逸ドイツも、或は露西亜ロシアでさえもが、その皇帝を、その大統領を、その政府を、その軍隊を、その警察力を、即ち国家そのものを、失わなければならなかったであろう。新聞記事をさし止め、風説の流布るふを厳禁したので、一般世人は何事も知らなかったが、彼等白蝙蝠団の陰謀は、例えば、コペルニクスの地動説、ダーインの進化論、或は銃砲の発明、電気の発見、航空機械の創造等に比すべく、吾人ごじん人類の信仰なり生活なりを、根底よりくつがえすていのものであった。
労働者資本家闘争の如き、さては虚無主義も、無政府主義も、この大陰謀に比べては、取るにも足らぬ一些事に過ぎない。彼等は爆薬よりも、電気力よりも、もっともっと戦慄すべき現実の武器を以て、全世界に悪魔の国を打ち建てんとし、しかもそれが必ずしも空論ではなかったのだから。
併し、事は未然に発覚し、今や白蝙蝠一味のものは、刑場の露と消えた。彼等の死と共に、彼等の本拠、彼等の製造工場は、跡方あとかたもなく焼きはらわれ、百年に一度、千年に一度の大陰謀も、遂に萠芽ほうがにして刈られてしまった。人類のため慶賀此上このうえもなきことである」
大体この様な意味であった。
これを伝聞した人々は強情我慢の大河原首相をして、この言をさしめた、大陰謀の内容に想到し、うたた肌の寒きを覚えたのである。が、それはのちの御話。
さて、前章では、明智小五郎に尾行された偽品川が、窮余の一策として、本物の品川の住居すまいに逃げ込み、その一室に顔を並べた寸分違わぬ両人が、我こそ品川四郎であると、互に主張してくだらず、流石の名探偵も、為すべきすべを知らなかったことを記したが、やがて段々取調べて行く内に偽品川の方は、はげそうになる化けの皮に、その場に居たたまらず、隙を見てこっそり逃出してしまった。
夢中になって、本物の品川を訊問じんもんしていた明智小五郎が、ふと気がつくと、もう一人の品川の姿が見えぬ。「さては、あいつが偽物であった」と、一飛びに表へ駈け出して見ると、一丁ばかり向うを走って行く人影。そこで、又しても追跡である。
曲り曲って、大通りに出ると、怪物の姿を見失ってしまった。丁度そこに客待ちをしていた自動車の運転手に尋ねると、運転手はいやにうつむいて、帽子のひさしの下から、その男なら、今向うへ走って行く自動車に乗ったというので、明智は当然その客待ち車に飛び乗って、追跡を命じる。型の如き自動車の追駈けだ。
十分も走ると、淋しい屋敷町にさしかかった。すると、どうしたことだ。明智の車がいきなり方向転換をして、もっと淋しい横丁へすべり込んだ。
「オイ、何をするんだ。先の車は真直に走って行ったじゃないか」
明智が呶鳴ると、運転手がヒョイと振向いた。
「ア、貴様は」
「ハハハハハハ、一杯喰ったね。イヤ、動いては為にならぬぜ。ほら、これを見給え」
クッションの上から、ニュッとピストルの筒口だ。悲しいことに明智は何の武器も用意していなかった。
あとで分ったことだが、あの咄嗟の場合、賊は機敏にも、さっき乗り捨てた一味の者の自動車に、運転手に化けて乗込み、借り物の外套で身を包み、借り物の帽子をまぶかにして、じっと網にかかる明智を待構えていたのだ。実に驚くべき早業だ。
怪物はピストルを構えたまま、運転台を降りて、客席に這入って来た。
「いくら、わめいた所で、こんな淋しい町で助けに来る奴はありゃしない。だが、念の為に鳥渡ちょっと我慢して貰おう」
ピストルで身動きも出来ぬ明智の鼻の先へ、パッと飛びついて来た白いもの、いつの間に用意したのか、麻睡薬ますいやくをしみ込ませたハンカチだ。
明智がじっとしている筈はない。一方の扉を蹴開けひらいて、反対側へ飛降りようとした。
「アア、馬鹿だね君は、求めて痛い思いをするのか」
云いながら、賊はゆっくりねらいを定めて、今飛降りようとする明智の右足を撃った。バンという変な音。だが、タイヤが破れた音ほど高くはない。一体ピストルなんて、そんな大きな音を立てるものではないのだ。
車から半身乗り出して、ぶっ倒れたまま、苦悶くもんしている明智の顔の前に、又もや丸めたハンカチ、いやな匂、併し、今度はもう抵抗する力もない。賊の為すに任せて、押しつけられた麻睡薬に明智は不甲斐なくも、意識を失ってしまった。
偽品川は、グッタリした探偵の身体を抱き上げて、クッションの上に横たえ、出血している足の傷口には、明智のハンカチで繃帯をしてやりながら、独言の様に呟く。
「明智君、君が追駈けてくれたお蔭で、非常に手数が省けたぜ。これで、連名帳の順序を変更しなくて済んだというものだ。君、まさか忘れやしないだろう。あの連名帳に打ってあった番号を。第一は、岩淵紡績社長宮崎常右衛門。それから第二番目は、素人探偵明智小五郎。つまり今度は君の番だったのさ。ハハハハハハハ」
賊は低く笑いながら、元の運転席に戻ると、何事もなかった様に落ちついた顔色で、ハンドルを握り、スターターを踏んだ。
車は、人通りもない淋しい屋敷町を、まっしぐらに、いずことも知れず走り去った。

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12/01 07:27