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七つ道具_妖虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

七つ道具


その時、突然、どこからとも知れず、人の声が聞えて来た。ラジオの様に、異様に響く声だ。
「探偵さん。気分はどうだね。淋しかろうと思って、一人友達を送って上げたが、お気に召したかね」
三笠氏の懐中電燈が、声する方へさし向けられると、その円光の中に、壁に仕掛けた黒い喇叭らっぱの口が照らし出された。老探偵は、そこへ近寄って、喇叭に口を当てて呶鳴り返す。
「ヤア、有難う。なかなか気に入ったよ。君の骨折りのお蔭で、わしは相川君から、君達のやり口を、色々と聞かせて貰った。だが、君はそこで何をぐずぐずしているんだね。僕達が気になると見えるね」
それは上の書斎と、この地下室とを聯絡れんらくする通話管であったのだ。あの異様に響く声は、まだ上にいるもう一人の三笠龍介に違いない。今、一本の管を通して、本物と贋物にせものと二人の三笠龍介が――稀代の殺人鬼と名探偵とが、まるで友達の様に話し合っているのだ。
地底の探偵が喇叭から顔を離すと、今度は上の贋ものの番だ。
「マア、仲よく話して居給え。君達は、僕の方の仕事が済むまで、そこから出られっこはないんだから。……それとも、その深い穴蔵から這い出す隙でもあるというのかい」
「ハハハ……、心配しなくってもいい。抜け道なんぞありゃしない。君もよく知っている通り、その上げぶたを明けて、繩梯子でもおろしてくれる外には、梯子段はしごだんも何もないんだから。人間業では出られやしない。わしはこの罠で、命知らずの悪人を何度も痛い目に遭わせたが、そいつらが一人だって、ここから抜け出したためしはないのだ。安心したまえ」
「フフ……、罠にかかった猟師だね、君は。散々人を苦しめた報いだ。あきらめるがいい。じゃ、二三日我慢してくれ給え。ひもじいだろうが餓死うえじにする様なことはありやしない。あばよ」
そして、カチンという音が響いて来た。
「通話管の蓋をしてしまった。もう少しからかってやろうと思ったのに」
老探偵は舌うちをして、喇叭のそばを離れた。
「だが、いいんですか、先生。あいつは僕達をここへ閉籠めて置いて、その間に妹をどうかするに極まっています。ここからは本当に出られないのですか。若しや敵の裏をかくカラクリ仕掛けがあるんじゃありませんか」
守は曲者の声が聞えなくなると、にわかに妹の事が気にかかって、老探偵を責めないではいられなかった。
「そんな仕掛けなんかありゃしない。今あいつに云った事はみんな本当だよ」
三笠氏はいやに落ちついている。そういう折には、ふとこの探偵が、耄碌もうろくしている様に感じられて仕方がなかった。
「じゃ、僕達はこのままじっとして、奴等のすに任せて置くのですか。それはいけません。先生、何とか工夫して下さい。妹の命にかかわることです」
「イヤ、そんなにき立てることはない。カラクリ仕掛けなんぞないけれど、わしはここを出るのだ。ホラ見給え、これが探偵の七つ道具だ。わしはどんな時でも、これ丈けは肌身離さず持ち歩いているのだよ。こんな穴蔵の中に、どうして懐中電燈があったか。君は不思議に思わなかったかね。わしの七つ道具の中には、懐中電燈もちゃんと揃っているのだよ」
老探偵は云いながら、ポケットから、小型のハンドバッグかと思われる革製の容器を取り出して、円光の中に拡げて見せた。
そこには七つどころではない、二十種に余る種々様々の形をした、非常に小型な、小人島の道具類が、出来るだけかさばらぬ様に、巧みな組合せになって、ズラリと並んでいた。
金庫破りの名人が持っている様な万能鍵束、小型だけれど倍率の大きい虫眼鏡、黒い絹糸をり合せて作った一握り程の繩梯子、のこぎりのついた万能ナイフ、指紋検出の用具、手の平に入るライカ写真器、注射器、数個の薬品の小瓶とう、等、等。
「これをごらん。何だと思うね。わしの魔法のつえだよ」
老探偵が取上げて示したのは、長さ二寸程のピカピカ光る金属の円筒であった。
「これと繩梯子があれば、こんな穴蔵なぞ、抜け出すのは訳もないことだ。探偵も時には手品師の真似をしなければならない。わしはこれで、奇術師に弟子入りしたこともあるのだよ」
守青年は、三笠氏の手から、万年筆程の小型懐中電燈を受取って、穴蔵の壁から天井を照らして見た。
天井までは二けん余りもある。壁には何の手掛りもない。翼でもなくては、唯一の出入口の上げ蓋に手は届かぬ。その上、上げ蓋の下には頑丈な掛金がかかっているし、繩梯子を投げた所で、天井にかぎのかかる箇所は全くない。
三笠探偵の手品とは一体どの様なことであろう。又、この小さな円筒形の金属が、穴蔵を抜け出すのに何の役目を勤めるのであろう。

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