消える怪人
まもなく、三人の刑事さんがやってきて、ひとりは書庫の前、あとのふたりは、庭や、家のまわりを、あるきまわって、夜通し、みはりをしてくれることになりました。
うちの人たちは、おちおちねむることもできません。古山博士は、夜中に、なんどもおきて、懐中電灯をもって書庫をみまわりにいくのでした。
しかし、その夜はなにごともなく、朝になりました。刑事さんたちは、食事をすますと、新しくやってきた三人の刑事さんと、こうたいしました。そして、昼間も、ずっとみはりをやってくれるのです。
その日は日曜日なので、博士も忠雄君も、家の中にとじこもっていました。
なにごともおこりません。
それでは、やっぱり、きのう忠雄君がみたのは、なにかのまちがいだったのでしょうか。こわいこわいとおもっていたので、まぼろしでもみたのでしょうか。
忠雄君もきのうのことは、なんだか、夢のように、おもわれてきました。
もう夕方の五時でした。忠雄君は便所にはいって、ふと、ガラス窓から、むこうをみました。
そこからは、書庫の正面がみえるのです。
ひとりの刑事さんが、書庫の入口の前に、いすをおいて、それにこしかけています。
「おやっ、あれはなんだろう。」
書庫のてまえの地面が、またウジャウジャとうごいているではありませんか。
カニです。
大小何十ぴきというカニが、行列をつくって、書庫のほうへ、進んでいくのです。
「あっ、カニ怪人だっ。」
どこからか、青銅でできたような、あいつの姿があらわれ、カニの行列のあとから、あるいていくではありませんか。
忠雄君は、はじめて怪人の全身をみました。
カニのこうらとそっくりの頭、頭の上には二本のアンテナのようなものがつきでていて、それが、あるくにつれて、ピリピリとふるえています。
巨大なカニのこうらの下に、おそろしく光る二つの目玉、カニのはさみのような二本のうで、カニの腹ににた胴体、それから、するどいツメのついた二本の足。
なんという、いやらしい形でしょう。
一目みると、ゲッとはきけをもよおすような、みにくい、姿です。
刑事さんは、まだそれをしらないでいます。
窓をあけて、ここから、さけべばいいのですが、忠雄君は、のどがつまったようになって、声もでないのです。
しかし、目は怪物にくぎづけになって、みまいとしても、みないわけにいきません。
あっ、怪物は刑事さんのうしろから、ちかよっていきます。胸のへんから、なにかとりだしました。黒いマフラーのようなものです。
あっ、とびかかりました。はさみのついた腕が刑事さんの首にまわりました。そして、黒いマフラーで、刑事さんに、さるぐつわをかけてしまいました。
マフラーは二本ありました。刑事さんをたおしておいて、もう一本のマフラーで、足をしばりました。刑事さんは、もうおきあがることも、声をたてることもできません。
そうしておいて、カニ怪人は書庫の
忠雄君は、そこまでみとどけたとき、やっとからだをうごかすことができました。いきなり便所からとびだすと、ありったけの声をふりしぼって、さけびました。
「みんなきてください。カニ怪人が書庫へはいった。刑事さんがしばられた。はやく、だれかきてください……。」
まず書生さんがかけつけてきました。そして、庭内を見まわっているふたりの刑事さんをおそろしい声で、よびたてました。
やがて、ふたりの刑事さんが、とんできました。そして、書生さんと三人で、書庫のまえにいそぎ、たおれている刑事さんを、だきおこして、さるぐつわと、足のマフラーをときました。さっきのカニの一連隊は、どこへいったのか、もうそのへんにはみえませんでした。
「あいつは、この書庫の中にいるんだな。」
「うん、いまはいったばかりだ。大戸は中からしめたまま、一度もひらかなかった。中にいるにちがいない。」
「よしっ、ふみこもう。」
「だいじょうぶか。あいてはおそろしいやつだぞ。」
「こっちは四人だ。ピストルももっている。」
刑事さんたちは、かくしていたピストルをとりだしました。
「さあ、いいか、ひらくぞっ。」
「よしっ、一、二、三っ。」
大戸がいっぱいにひらかれ、四人は、ひとかたまりになって、とびこんでいきました。そのあとから、古山博士も、おくればせに、書庫の中へはいってきました。
書庫の中は、四方の壁がてんじょうまで本棚になっていて、まんなかに、大きなデスクがおいてあるばかりですから、一目でみわたせます。
なんにもいないのです。デスクの下も、からっぽです。本棚をグルッとみまわりましたが、怪物のかくれるすきはありません。窓の鉄ごうしもちゃんとしていて、こわれたようすはないのです。
「きえてしまった。」
「きみ、あいつがはいったことは、まちがいないだろうね。」
「まちがいない。それにぼくは、ずっと大戸を見つづけていた。一度もひらかなかった。」
じつにふしぎです。まったく出口のないところから、あの大きな怪物がきえてしまったのです。R星人は、地球ではわからない魔法をこころえているのでしょうか。
「やっぱりそうだ。推古仏がなくなっている。」
古山博士が、やっとそれに気がついたように、大きな声をだしました。
「えっ、それはどこにあったのです。」
「あの棚のあいているところです。あそこにおいてあったのです。」
「じゃあ、怪物は宝物といっしょにきえてしまったのですね。」
それからまた、ながい時間、書庫の中をしらべました。窓の鉄ごうしをゆさぶってみたり、床やてんじょうに、秘密の出口ができているのではないかと、たたきまわったり、本棚の本を、ぜんぶ、ぬきだしてしらべたり、もうこれ以上しらべようがないほどしらべましたが、どこにもあやしいところはないのです。
「完全な密室だな。」
「うん、だが、地球の人間には密室だが、星の怪物には密室でないかもしれない。われわれの知恵ではわからない、ぬけだしかたがあるのかもしれない。」
「もしそうだとすれば、こいつはてごわいぞ。おばけか幽霊をあいてにしているようなもんだからな。」
刑事さんたちは、くちぐちに、そんなことをいいあって、カニ怪人の魔力におびえるのでした。