あやしい小包
妖星人Rは宝石どろぼうのいたずらでした。名探偵明智小五郎は、その秘密を発見して、一度はどろぼうをつかまえたが、なにしろ、あいては怪人二十面相という魔術師のようなどろぼうだから、ちゃんとおくの手を用意していて、とうとう、にげさってしまったということが、日本の新聞はもちろん、世界じゅうの新聞にのりました。
世界の人がそれを読んで、あっとおどろきましたが、なんともいえないおかしさに、ゲラゲラ笑いだしてしまいました。しかし、笑うだけ笑ってしまうと、こんどは、なんだか、うすきみわるくなってくるのでした。
ことに東京の人は、身にせまるぶきみさを、かんじないではいられませんでした。二十面相は、いつも東京にあらわれるからです。そして、魔法つかいのような、ふしぎなあらわれかたをして、みんなをギョッとさせるからです。
二十面相がにせの護送車でにげだしてから、一月ほどたちましたが、そのころ、またしても、ふしぎなことが、はじまったのです。
小林少年をはじめ、少年探偵団のおもな少年たちのところへ、おなじような小包郵便がつきました。ひらいてみると、中にはボール箱がはいっていて、その中に一ぴきのカニがいれてあったのです。もう死んでいるのもあれば、まだ生きていて、小包をあけると、ゴソゴソと、はいだすのもありました。
さしだし人は書いてありません。手紙もはいっていません。ただカニが一ぴき、はいっているばかりです。まったく、わけがわかりません。しかし、ひじょうにぶきみです。カニを見るとすぐカニ怪人をおもいだすからです。
あのおそろしい怪物が、あらわれるときには、そのまえぶれとして、小さいカニがたくさん、はいだしてきました。すると、この小包でおくられたカニは、やっぱりカニ怪人のあらわれるまえぶれなのでしょうか。
しかし、カニ怪人というのは、二十面相がばけていたのです。では、これは、二十面相が、なにかおそろしいことをやる、まえぶれなのでしょうか。
いずれにしても、カニをおくられた少年たちは、気味がわるくてしかたがありません。小林団長のところへ、よりあって、相談しましたが、べつにいい知恵もうかびません。もうすこし、ようすを見ることにして、わかれました。
ある日のこと、小林少年と井上一郎君とが、渋谷区のはずれの、さびしいやしき町を歩いていて、へんなものをみつけました。
「井上君、さっきの町かどにも、これとおなじ絵がかいてあったね。なんだろう。」
小林君が、町かどのみぞのふちの石をゆびさしました。その石にこんな絵がかいてあるのです。
「カニのようだね。」
「うん、カニだよ。カニといえば、このあいだ、小包でカニをおくってきたばかりだから、あいつのことをおもいだすね。」
「あいつって?」
「怪人二十面相さ。カニをおくってきたのは二十面相にきまっているよ。あいつ、ぼくたちに挑戦してきたのさ。明智先生もそうだろうって、いっていたよ。」
「じゃ、この石にチョークで、カニの絵をかいたのも、二十面相か、あいつの部下かもしれないね。」
「うん、気をつけて、地面を見ていこう。まだほかにも、かいてあるかもしれない。」
ふたりは、つぎの町かどで立ちどまりました。そこのマンホールの鉄のふたの上に、おなじような絵がかいてあったからです。
「あっ、わかった。このカニの目玉のほうへまがっていけば、きっと、つぎのまがりかどに、またこの絵がかいてあるよ。さっきから、ぼくたちは、カニの目のむいているほうへ、あるいてきたんだからね。」
そういって、つぎの町かどへいってみますと、思ったとおり、そこにも、絵がかいてありました。
ふたりは、なにかにひきよせられるように、カニの絵のある町かどへと、たどって、さっきから一キロほども、あるきました。すると、こんどは、ある大きなやしきの門の石の柱に絵がかいてあったではありませんか。
「井上君、ここが終点かもしれないぜ。」
「うん、そうらしいね。このうちへ、はいってみようか。」
門には鉄のとびらがしまっていて、おしてみても、びくともしません。そのへんに、よびりんはないかと、さがしても、みつかりません。
「きみ、だれかにきいてみよう。むこうにタバコ屋があったね。じいさんがいた、あすこへいって、きいてみよう。」
ふたりは、タバコ屋までもどって、じいさんにたずねました。
「むこうの石の門に鉄の戸のしまっている家ね、あそこには、どういう人が住んでいるのですか。」
「あの家かね。」
じいさんは、にやにや笑いながら、ふたりの少年の顔を見くらべました。
「あそこには、だれも住んでいないよ。」
「じゃあ、空家ですか。」
いまどき、空家なんて、めずらしいと思いました。
「うん、まあ、空家だね。だれも住みてがない。借りる人も、買う人もいないのだ。」
じいさんは、いみありげに、片目をつぶってみせました。
そのへんは、やしき町のつづきで、店屋といっては、そのタバコ屋が一軒あるきりです。もう夕方で、あたりは、すこしうすぐらくなっていました。なんだか別世界へ、はいってきたような気がしました。ぽつんとタバコ屋があって、じいさんがひとりきりで、店番をしています。そのじいさんのくちびるが、ひどく赤いのも、魔性のもののようで、気味がわるいのです。
「どうして、住みてがないのですか。」
井上君が、たずねてみました。
「あの家には、あやしいことがあるのさ。なんだかおそろしいものが、住んでいるということだよ。」
「おそろしいものって?」
「わしは見たことはない。人のうわさだ。しかし、いつまでたっても、住みてがないところをみると、まんざら、うわさばかりではなさそうだね。」
「おじいさんは、あのうちの門の柱にチョークでカニの絵がかいてあるのをしっていますか。ここへくる道にも、たくさんのカニの絵がかいてあって、ぼくたちは、その絵にみちびかれて、ここまで、やってきたのですよ。」
それをきくと、なぜか、じいさんの顔色がかわりました。さもおそろしそうに、目はひとところを見つめて、赤いくちびるがブルブルふるえています。
「カニだって? ああ、おそろしい。もうききたくない。きみたちは、はやく、家へかえるんだ。こんなところに、ウロウロしてはいけない。どんなおそろしいめにあわされるか、しれたものじゃない。かえりなさい。かえりなさい。」
小林君と、井上君は、顔を見あわせました。
「おじいさん、どうして、そんなにこわがるんです。なにかしっているんでしょう。」
じいさんは、しきりに手をふりました。
「しらない。わしはなんにもしらない。ああ、おそろしい。ほんとに、わるいことはいわない。はやくかえりな。ぐずぐずしていて、くらくなってきたら、たいへんだよ。かえりな、かえりな。」
ふたりは、また、顔を見あわせました。そして、目であいずをしながら、じいさんを安心させるために、心にもないことをいいました。
「うん、かえるよ。じゃあ、おじいさん。さよなら。」
そして、二少年は、そのままタバコ屋の前を立ちさりましたが、けっして、かえる気はありません。グルッと一まわりして、あの石の門の前に、ひきかえしました。なんとかして、このうちの中へ、しのびこもうと決心しているのです。