空中戦
庭にまちうけていた十三人の少年たちは、やみに目がなれているので、どこからか、あらわれた二十面相に、すぐ気がつきました。
「ワーッ……。」
と、あがるときの声。少年たちは、二十面相をとらえようとして、とびかかっていくのです。
しかし、死にものぐるいのあいてには、とてもかないません。二十面相は少年たちをつきのけ、つきのけ、庭の一方にそびえているシイの木の下にかけよりました。
そこには、シイの木が三本ならんでいました。三本とも二十メートルもある大木です。
二十面相は、右のはしのシイの木のみきにとびつくと、スルスルと木のぼりをはじめました。サルのように、木のぼりがうまいのです。
ところが、二十面相のほかに、もうひとり、やっぱりサルのような木のぼりの名人がいました。それは明智探偵です。探偵は、まるで二十面相と競争でもするように、三本のまんなかのシイの木を、スルスルとのぼっていくではありませんか。
まっくらな庭で、木のぼり競争がはじまったのです。これはいったいどうしたというのでしょう。
小林、井上の二少年は、あまりのことに、あっけにとられて、ぼんやりと、シイの木の下にたちすくんでいました。
そのうちに、シイの木のてっぺんのあたりから、みょうな音がきこえてきました。
「ブルン、ブルン、ブルン、ブルルン、ブルルン、ブルルン。」
プロペラの風をきるような音です。
小林少年も、井上君も、そのほかの十三人の少年たちも、まっくらな空を見あげました。
そのとき、この家の門のほうに、自動車のとまる音がしたのです。
小林君は、それをききつけると、ハッとして、そのほうへかけだしていきました。
小林君が考えたとおり、それは警視庁の自動車で、明智探偵の知らせによって、中村警部が部下をつれてやってきたのでした。
小林少年は、警部をつかまえて、あわただしく、ことのしだいをつげました。
「二十面相と、明智先生とが、木のぼり競争をやったのです。庭のシイの木です。そうすると、シイの木のてっぺんから、プロペラのまわるような音が、きこえてきたのです。ほらね、あれです。きこえるでしょう。」
「うん、きこえる。あいつのおとくいの、背中にくっつけるプロペラじゃないのか。」
「ぼくも、そうおもうんです。」
「よしっ、それじゃあ、サーチライトをもってきて、てらしてみよう。」
パトカーには、小型のサーチライトがつみこんでありました。中村警部は部下の刑事にいいつけて、それを庭へもってこさせたのです。
サーッと白い棒のようなものが、まっくらな空へのびました。サーチライトにスイッチがいれられたのです。
おお、ごらんなさい。シイの木のてっぺんから、ふたりの人間が空へうきあがっているではありませんか。明智探偵と二十面相です。
ふたりとも、中村警部がいった、背中にくっつけるプロペラで、とんでいるのでした。
二十面相が、こういうプロペラを、木のてっぺんの枝の上にかくしておいて、それを背中につけて、空へにげだすことは、これまでにも、たびたびありました。これはフランス人の発明した、ひとり飛行の道具なのです。それを二十面相が買いいれたのです。
この道具を持っているのは日本じゅうで、二十面相ひとりのはずです。明智探偵は、どうして、それを手にいれたのでしょう。
明智は、この飛行道具のために、たびたび、二十面相をとりにがしています。それで、フランスにいる友だちにたのんで、発明家を
空飛ぶ二十面相、空飛ぶ明智探偵、ふたりは、追いつ追われつ、くらやみの空で戦っています。サーチライトの光は、それをクッキリと、空にうきあがらせているのです。
ブルン、ブルン、ブル、ブル、ブルルルル、ブルルン、ブルルン、ブルルルルル。
おそろしい戦いです。ひとりとひとりの空中戦です。にげる二十面相、おっかける明智探偵。
モーターのはいった箱をせおって、そこからヘリコプターのようなプロペラが頭の上に出ているのですから、手も足も自由です。
明智は、じぶんの長いプロペラを、二十面相のプロペラにぶっつけて、それをこわしてしまい、いっしょに地上におちればよいのです。地上には、たくさんの味方がいるのですから。
サーチライトの光が、このふしぎな空中戦を、てらしだしています。
ブルン、ブルン、ブルルン、ブルルン。
二つのプロペラは、はげしくとびちがいました。明智がおっかけ、二十面相はにげるのです。サーッと、むこうの空へ、とおざかるかとおもうと、またこちらにもどってきます。やみの空に、大きな円をえがいて、はげしい追っかけっこです。
明智のプロペラの回転が、おそろしく早くなりました。そして、つばめがえしに、下から上へ、二十面相のプロペラに、つっかかっていきます。
あっ、プロペラがぶっつかりました。みょうな音がしたかと思うと、二つとも、プロペラの回転がとまってしまいました。そして、明智も二十面相も、地上へつい落してきます。
そのとき、ちょうど、シイの木の上をとんでいましたので、ふたりとも、木のてっぺんにぶつかり、それから木の枝をつたって、地上におちてきました。おれたプロペラが、枝にひっかかったりして、おちる速度がにぶくなりひどいけがをしないですんだのです。
中村警部と、その部下の刑事たち、小林少年をはじめ十五人の少年探偵団員たちが「ワーッ。」とさけんで、そこへかけつけました。
二十面相は、どこかを、強くうったらしく、きゅうにおきあがることもできません。
ふたりの刑事が、とびかかっていって、手錠をはめてしまいました。
明智探偵は、こわれた飛行具をとりはずし、二十面相のそばに近づきました。さいわいけがもないようです。
「おお、明智君。また、きみのおかげで、こいつをつかまえたよ。こんどはにがさんぞ。」
中村警部が、感謝するように、力強くいいました。
「うん、こんどは、きみの車にのせて、ぼくもそばについて行こう。
明智はそういって、中村警部と顔を見あわせ、にが笑いをしました。
「こいつは、少年探偵団のこどもたちを、目のかたきにしているんだよ。そこで、道ばたにチョークでカニの絵をかいて、小林君たちを、あの家におびきよせ、また少年探偵団の十三人のこどもたちまで、電話でよびあつめて、みんなに催眠術をかけて、こわいおもいをさせたのだ。少年たちは、いろいろなふしぎを見せられたが、ほんとうのできごとではなくて、みんな催眠術のまぼろしにすぎなかったのだ。
小林君が、この家にしのびこむまえに、電話でしらせてくれたので、ぼくは、それをきみにもつたえ、飛行具を車にのせて、ここにやってきた。こどもたちは、二十面相のために一室にとじこめられ、催眠術にかかっていた。そのすきに、ぼくはこの家の中をよくしらべて、先手をうっておいたのだよ。
それから、二十面相とむかいあって、催眠術のかけあいをした。どちらが心の力が強いか、おそろしい戦いだった。さいわいに、その戦いには、ぼくが勝ったのだがね。」
「いや、いつもながら、きみのうでまえには、
「いや、それには、小林君が、この家をみつけたこと、用心ぶかく、ぼくに電話をかけてくれたこと、これをわすれてはいけない。」
「うん、小林君や、少年探偵団の諸君にもお礼をいうよ。」
中村警部は、にこにこしながら、ちょっと首をさげてみせるのでした。
「明智先生ばんざーい……、小林団長ばんざーい……。」
少年たちは、声をそろえて、ひごろから尊敬する、ふたりのばんざいを、いきおいよくとなえるのでした。