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悪魔の笑い声_妖人ゴング_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337

悪魔の笑い声


おじょうさんは、その音にびっくりしたように、空を見あげました。どうも、空からふってくるような音だったからです。それから、見あげた顔を、ひょいと、銀行の壁にむけました。そして、おじょうさんは、壁のかげを見たのです。そのとき、巨人のかげは、口を大きくひらき、するどい歯をむきだして、おじょうさんの頭の上から、いまにも、かみつきそうにしていました。実物の千倍の顔が、おじょうさんの真上に、のしかかっていたのです。
すると、空からふってくる、あのぶきみな音が、にわかに大きく、耳もやぶれんばかりにひびきました。
「ウワン……ウワン……ウワン……ウワン……ウワン……。」
おじょうさんは、はっとして、かけだそうとしましたが、なにかにつまずいて、巨人の顔の下に、バッタリたおれました。
巨人の顔は、グーッと、さがってきました。そして、かわいそうなおじょうさんに、ガッと、かみついたではありませんか。
そして、また、顔を上にあげて、大きな口が、カラカラ笑っているように動きました。
「ウワン……ウワン……ウワン……。」
ああ、悪魔が笑っているのです。あざけり笑っているのです。教会のかねのような音は、悪魔の笑い声だったのです。それが銀座の夜空いっぱいに、なりひびいているのです。どうしたのでしょう? おじょうさんは、たおれたまま起きあがりません。どこか、けがでもしたのでしょうか。それとも悪魔にくい殺されてしまったのでしょうか。でも、まさか、かげが人をくい殺すことはありますまい。
こちらでは、おくびょうもののノロちゃんが、井上君のおとうさんにしがみついて、顔をかくしていました。顔をかくしても、音だけは聞こえます。恐ろしい悪魔の笑い声が聞こえてきます。
井上一郎君は、勇気のある少年ですから、じっと、むこうのできごとを見つめていましたが、なにを思ったのか、いそいで、おとうさんの洋服のそでをひっぱりました。
「おとうさん、あのたおれた人、ぼく見おぼえがあります。つまずいて、たおれそうになったとき、わかったのです。マユミさんです。おねえさまです。」
「えっ、おねえさまってだれのことだね。」
「ほら、このあいだ話したでしょう。明智先生の助手のマユミさんです。ぼくらの少年探偵団の顧問になってくれた、おねえさまです。」
「ああ、そうだったのか。それじゃ、あそこへいってみよう。」
おとうさんは、そういって、ノロちゃんの手をひっぱって、歩道から電車通りを、よこぎろうとしましたが、むこうの壁を見て、おもわず立ちどまりました。壁のかげが、かわっていたからです。
巨人の顔は消えて、そのあとに、巨大なクモの足のようなものが、もがもがと動いていました。
「あっ、悪魔の手だっ! おねえさまを、つかもうとしている。おとうさん、はやくいきましょう。」
一郎君がさけびました。
銀行の壁いっぱいに、五本の指のつめの長くのびた手が、たおれているマユミさんの上から、つかみかかっているのです。実物の千倍の手が、つかみかかっているのです。そして、あのぶきみな悪魔の笑い声は、まだつづいていました。空から、ふってくるように、ウワン、ウワンと、なりひびいているのです。
三人が、むこうがわに、たどりついたときには、もうそのへんは、黒山の人だかりでした。そして、いつのまにか、銀行の壁はまっ暗になっていました。悪魔のかげも、サーチライトの光も消えてしまっていたのです。
井上君たちは、人をおしわけて、たおれているマユミさんに近づき、井上君のおとうさんが、そのからだをだき起こしました。
「しっかりしてください。どこか、けがをしたんですか。」
すると、マユミさんが目をあけて、夢からさめたようにあたりを見まわしましたが、井上君とノロちゃんに気がつくと、
「あらっ、少年探偵団のかたね。」
とうれしそうにいうのでした。
「けがはないのですか?」
「ええ、べつに、けがはしていません。でも、わたし、夢を見たのでしょうか。恐ろしいものが、あの壁に……。」
「夢ではありません。ぼくたちも見たんです。大きな顔のかげでしょう。もう消えてしまいましたよ。」
「ええ、あれを見たひょうしに、つまずいてたおれたのですが、そのまま、なにかにおさえつけられているような気がして、起きられなかったのです。恐ろしい夢に、うなされているような気持でした。わたし、いくじがないのねえ。はずかしいわ。」
そういって、マユミさんは、ニッコリ笑いながら立ちあがるのでした。
そこへ、おまわりさんがかけつけてきましたので、井上君のおとうさんが、さっきからのふしぎなできごとを話し、マユミさんが名探偵明智小五郎こごろうの新しい助手だということも、つたえました。
「デパートの屋上から、サーチライトを照らして、あんないたずらをやったのに、ちがいありません。けしからんやつです。デパートを捜索そうさくして、そいつを、ひっとらえてください。」
警官はうなずいて、
「よろしい。すぐに本署に連絡して捜索をはじめます。あなたがたは、この人をうちへ送ってあげてください。」
といいますので、三人はマユミさんといっしょに自動車に乗って、明智探偵事務所におくりとどけました。そして、明智探偵と小林少年に、こんやのできごとを話しますと、いつもにこにこしている明智探偵が、なぜか、ひどく心配そうな顔になって、井上君のおとうさんに、こんなことをいうのでした。
「これは、ただのいたずらではないかもしれません。銀座のまん中で、そんなことをやってのけるやつは、ただものではありません。ぼくは、これが、なにか大事件のはじまりになるのではないかと心配しているのです。警察がいくらデパートを捜索してもむだでしょう。これほどのことをするやつが、むざむざつかまるはずはありません。」
この明智探偵の心配は、そのとおりになりました。警察の捜索は失敗におわったのです。
警官隊はデパートの宿直しゅくちょく員に案内させて、屋上はもとより、各階のすみずみまでさがしまわりましたが、あやしいやつを発見することはできなかったのです。そのデパートには屋上にサーチライトがすえつけてありました。そのサーチライトが、つかわれたことは明らかです。しかし、それが何者のしわざであるかは、すこしもわからないのでした。そして、名探偵がさっしたとおり、これは、世にも恐ろしい怪事件のはじまりだったのです。

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