日语学习网
クモの糸_妖人ゴング_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

クモの糸


そして、いよいよ、その日がきたのです。きょうは、十五日です。
マユミさんはアパートの二階の、じぶんの寝室に、とじこもっていました。明智探偵が借りている部屋は、浴室や、炊事場すいじばをべつにして、五間もあるのですが、そのいちばん奥まったところに、マユミさんの寝室がありました。もとは小林少年の寝室だったのを、小林君は明智先生の寝室に寝ることにして、新しく助手になったマユミさんに、じぶんの寝室を、ゆずりわたしたのです。
マユミさんの寝室へいくのには、どうしても書斎を通らなければならないのです。そして、その書斎には明智探偵が、一日外出しないで、がんばっていました。隣の部屋には、小林君がいます。そのうえ、マユミさんは、寝室のドアに中からかぎをかけているのです。これだけ厳重にしておけば、いくら怪物でも、どうすることもできないはずでした。
二階のマユミさんの寝室の窓は、アパートの横がわにひらいていて、その下は地面まで十五メートルもありました。アパートの横ががけになっていて、建物は高い石がきの上にたっていたからです。
ですから、窓のほうは、すこしも心配することがありません。そんなところを、よじのぼってこられるはずはないのです。
マユミさんは、朝から、その寝室にとじこもり、昼の食事は、小林君にはこんでもらって、部屋の中ですませましたが、午後になると、そうしてじっとしているのが、たいくつになってきました。
いままで、本を読んでいましたが、それにも、あきてしまったのです。
午後三時ごろでした。窓の外の、がけの下から、パーンと、なにか爆発したような音が聞こえてきました。
マユミさんは、びっくりして、窓のほうをふりむきましたが、すると、そのガラス窓の外を、赤、青、むらさき、黄色などの、うつくしい玉が、いくつも、いくつも、つぎつぎと、空のほうへのぼっていくのが見えました。
空は、どんよりと曇っていましたが、その白っぽい雲の中へ、五しきの玉が、スーイ、スーイとのぼっていくのです。
マユミさんは、あまりのうつくしさに、まぼろしでも見ているのではないかと、びっくりしましたが、よく考えてみると、それは色とりどりのゴム風船のようでした。がけの下で、風船屋がそそうをして、つないであった糸がきれて、ぜんぶの風船が、空へ飛びあがったのかもしれません。
しかし、こんながけの下へ、風船屋がくるなんて、ありそうもないことです。マユミさんは、ふしぎでしかたがないので、おもわず立って、窓のそばへいき、ガラスの戸をひらいて、下をのぞいてみました。
そのときです。じつに、恐ろしいことがおこりました。窓のほうから、一ぴきの巨大なクモが、黒い糸をつたって、スーッと、さがってきたのです。
ほんとうのクモではありません。クモのような人間です。ピッタリと身についた黒いシャツとズボン下をはき、顔には黒い覆面ふくめんをした、クモそっくりの人間です。そいつが、じょうぶな絹糸でつくったなわばしごをつたって、真上の三階の窓から、おりてきたのです。
あっというまにクモは、えものにとびつきました。えものというのはマユミさんです。うっかり窓をひらいて、外をのぞいたのが運のつきでした。それを待ちかまえていた巨大なクモは、パッとマユミさんにとびついて、クモの毒ではなくて、麻酔薬をしませた白布しろぬのを、彼女の口におしつけ、ぐったりとなるのを待って、そのからだを横だきにすると、窓をしめておいて、かた手で縄ばしごをのぼりはじめました。
空中のはなれわざです。マユミさんをかかえて、縄ばしごをのぼるなんて、よほどの力がなくてはできないことです。下を見れば、ゾッとするほどの高さです。絹糸をよりあわせた縄ばしごは、人間ふたりの重みで、いまにも切れそうにのびきっています。
それが切れたら、いのちはありません。
やっとのことで、三階の窓にのぼりつきました。そして、まずマユミさんを、窓の中にいれ、じぶんもはいって、縄ばしごをたくりあげ、ピッタリと窓をしめて、カーテンをおろしました。
あとは、なにごともなかったかのように、しずまりかえっています。二階の窓も三階の窓もしまっているので、マユミさんが、窓から引きあげられたことは、だれにもわかりません。
怪物の予告は、そのままに実行されたのです。マユミさんは、寝室の中から、煙のように消えうせてしまったのです。
三階のその部屋は、このアパートで、たった一つのあき部屋でした。怪物は、それを利用したのでしょう。
かれは気をうしなっているマユミさんの手足を、厳重にひもでしばってから、黒い覆面をはずして、ニヤリと笑いました。やっぱりあいつです。ボヤッとした白っぽい顔、大きな目、牙のはえた大きな口、人間ににているけれども、人間ではありません。深い地の底からはいだしてきた悪魔の顔です。渋谷の空や、花崎さんの庭の池にあらわれた、あのいまわしい巨人の顔です。
「ウフフフ……、これでまず、第一の目的をはたしたぞ。明智のやろう、ざまをみろ。名探偵ともあろうものが、マユミをまもることができなかったじゃないか。ウフフフ……。」
怪物はそんなひとりごとをいって、部屋にある戸棚をひらき、そこにかくしてあった大きなトランクを、ひっぱりだしました。外国旅行用の大トランクです。
トランクのふたをひらくと、手足をしばったマユミさんをだきあげて、そっとトランクの中にいれ、またふたをしてかぎをかけ、それを戸棚の中にいれて戸をしめると、怪物は、そのまま部屋を出ていってしまいました。トランクは、夜になるのを待って、どこかへ運びだすつもりでしょう。
ああ、明智探偵は怪物のために、まんまと、だしぬかれたのでしょうか? ほんとうに怪物が勝って名探偵が負けたのでしょうか? いや、まだ、どちらともきめることはできません。
それから三十分もたったころ、じつにふしぎなことがおこりました。
怪物は三階のあき部屋をたちさったまま、どこへ姿をかくしたのか、夜になるまで、帰ってきませんでしたが、そのるすのまに、なんだか、わけのわからないことがおこったのです。あのあき部屋のドアがスーッとひらき、中からマユミさんが出てきたではありませんか。そして、幽霊のように、足音をたてないで階段をおり、明智探偵の部屋へはいっていきました。
だれかが、助けたのでしょうか。
それにしては、助けた人の姿が見えないのがへんです。
ひとりで、ぬけだしたのでしょうか。それも考えられないことです。
あんなに厳重に手足をしばられたうえ、トランクにはかぎがかかっていたのです。どうしてぬけだすことができましょう。
明智探偵の部屋へはいってきたのは、マユミさんの幽霊なのでしょうか?

分享到:

顶部
12/01 06:58