水底の秘密
小林少年が、ブイの中からすくいだされ、妖人ゴングのすみかは、隅田川の水底にあるらしいと、報告しましたので、ただちに、水上警察が、そのへんいったいの水中捜索をはじめました。潜水夫をやとって、川の底をくまなく探しましたが、ふしぎなことに、妖人のすみからしいものは、なにも見あたらないのでした。
あの事件から三日目の夜、名探偵明智小五郎は、妖人にねらわれているマユミさんと、俊一君のおとうさんの花崎検事のうちをたずねて、応接間で花崎さんと、今後のことについて、相談していました。
そこへ、あやしい電話がかかってきたのです。花崎さんは、テーブルの上においてあった電話の受話器を耳にあてたかとおもうと、さっと、顔色がかわりました。
受話器からは「ウワン、ウワン、ウワン……。」という、あの、気味のわるい音が聞こえてきたからです。
「ウワン、ウワン、ウワン、ウワン……。」
その音は、だんだん大きくなって、耳のこまくが、やぶれるほどの恐ろしい音になりました。そして、
「ワハハハハ……。」
と、いきなり、人間の笑い声が聞こえてきたではありませんか。
「あいつです。ゴングが電話をかけてきたのです。」
花崎さんは、そこにいた明智探偵に、そっと、ささやきました。
「じゃあ、それをわたしに、おかしなさい。わたしが応待します。」
明智は、花崎さんの手から受話器をうけとって、あいてにどなりつけました。
「きみは、だれだっ?」
「ワハハハハ……、そういうきみは、だれだね。花崎検事かね?」
「ぼくは、明智小五郎だっ!」
「あっ、明智が、そこにいたのか。いや、ちょうどいい。それでは、きみと話そう。……おれがだれだか、むろん、わかっているだろうね。」
あいては、人をばかにしたような、ふてぶてしい調子で、ゆっくり話しかけてきました。
「ぼくに、話があるというのか。」
明智探偵も、おちつきはらっています。
「きみのほうこそ、ぼくに聞きたいことがあるというんじゃないかね。」
あいても、自信まんまんの、調子です。
「べつに聞きたいこともないね。ぼくは、なにもかも知っている。」
「フフン、日本一の名探偵だからね。……それじゃ、こっちから聞いてやろう。きみたちは、隅田川の底を捜索したが、おれのすみかが見つからなかった。しかし、おれは、ちゃんと、隅田川の水の底に住んでいたんだよ。ウフフフ……。このなぞが、わかるかね。」
ああ、やっぱり、水の底にすみかがあったのでしょうか。それが、あれほど、捜索しても、わからなかったのは、なぜでしょう? さすがの明智探偵にも、このなぞは、まだ、とけていないのです。しかし、わからないと、答えるわけにはいきません。
「むろん、ぼくには、わかっているよ。」
「ワハハハハハ……、自信のない声だな。やせがまんはよして、どうか教えてくださいといいたまえ。おれは、その種あかしをするために、電話をかけているんだからね。」
怪人は、なにもかも見とおしているのです。明智が、まだ、その秘密を知らないことを、ちゃんと見ぬいているのです。
こうなったら、明智のほうでも負けてはいられません。とっさに、そのなぞを、といてみせるほかはないのです。五秒間にこのむずかしいなぞを、とかなければなりません。いくら名探偵でも、そんなはなれわざが、できるのでしょうか?
「ぼくは、きみの秘密を知っているよ。」
明智は、おちついて答えました。
「ウフフフ……、あくまで、やせがまんをはる気だな。よろしい。それなら、おれが水の底のどこに住んでいたか、いってみたまえ。潜水夫をいれて、あれほどさがしても見つからなかったじゃないか。」
「それは、あのときには、きみは、隅田川の底に住んでいた。しかし、いまは、もう、同じところに住んでいないからさ。」
明智は、一時のがれのむだごとをいいながら、全身の気力を頭に集めて、このなぞをとこうとしていました。
「フフン、それは、むろんのことだ。おれはいま、陸上にいるよ。だが、水の底に住んでいたとすれば、そのあとがあるはずじゃないか。水の底の家が、そうやすやすと、こわせるものじゃないからね。」
「こわさなかった。しかし、もとの場所にはないのだ。」
明智は、苦しまぎれにそういいましたが、そのとき、パッと、ある考えが浮かびました。秘密がわかったのです。わかってみれば、じつに、なんでもないことでした。
「ウフフフ……やせがまんはよして、かぶとをぬぎたまえ。おれが教えてやろうといっているんだからね。」
「ぼくには、ちゃんと、わかっている。」
「フン、そうか。じゃあ、いってみたまえ。さあ、はやく、いつまでも、電話をかけているわけには、いかないからね。」
「
明智が、ずばりと、いってのけました。
「え? なんだって?」
「きみのすみかは、潜航艇だったというのさ。」
「へえ? 潜航艇が、隅田川にはいれるかね。」
「どんなあさいところでもこられる、小型潜水艇だよ。ずっと前に、ある犯罪者が小型潜航艇で、隅田川をあらしまわったことがある。ちゃんと、前例があるのだ。ハハハ……どうだね。あたったらしいね。」
「あたった。ウフフフ……、さすがは、明智先生だね。まさに、そのとおりだよ。」
怪人も、とうとう、かぶとをぬぎました。しかし、かれの用件は、そのことだけではなかったのです。