ゴングとは何者
怪人は、また、しゃべりはじめました。
「明智君、おれは
この恐ろしいことばがおわると、またしても、
「ウワン、ウワン、ウワン、ウワン……。」
と、あのいやらしい音が、ひびいてきました。そして、その音が、だんだん小さくなって消えてしまうと、ぷっつりと電話がきれました。
「どうせ、遠くの公衆電話からかけたのでしょう。電話局でしらべて、警察にしらせてみても、とても、まにあいません。こうなれば、あいてがせめてくるのを、待つほかはありません。ところで……。」
明智探偵は、もとのいすにもどって、テーブルごしに、じっと花崎さんの顔を見つめました。
「こいつは、魔法つかいの妖人みたいに見せかけていますが、むろん、われわれとおなじ人間です。おそらく、あなたに、深いうらみをもっているやつです。マユミさんや、俊一君をいじめるのも、あなたに、気がちがうほど心配させるためです。なにか、そういう、うらみをうける、お心あたりはありませんか。」
「わたしは、いちじは、鬼検事というあだなをつけられていたほどで、悪いやつには、ようしゃなく、びしびしやるほうでしたから、犯罪者には、ずいぶん、うらまれているわけです。しかし、それはみんなむこうが悪いからで、こんな復讐をうけるおぼえはないのですが……。」
「でも、犯罪者というやつは、じぶんの悪いのは棚にあげておいて、検事さんを、うらむことがよくあるものです。なにか、重い罪をおかしたもので、このごろ、刑務所を出たものとか、または、脱獄したものとか、そういう、お心あたりはありませんか。」
「それなら、たいして多くはありません。まあこんな連中ですね。」
花崎さんは、テーブルのうえにあったメモの紙に、五―六人の名を書いて、明智に出してみせました。
明智は、その人名を、じっと見ていましたが、ある名まえを、指でおさえて、
「これです!」
と、低いけれども力のこもった声で、いいました。
「えっ? そいつが、あのゴングですって?」
「そうです。こいつでなければ、妖人ゴングにばけることはできません。こいつならば、じつに恐ろしいあいてです。」
明智はそういって、じっと、花崎さんの顔を見つめました。花崎さんも、青ざめた顔になって明智を見つめました。そうして、ふたりは、たっぷり一分間、身うごきもせず、異様なにらみあいをつづけたのです。
やっとしてから、明智のひきしまっていた顔が、にこにこ顔にかわりました。
「いや、そんなに、ご心配になることはありません。わたしがついていれば、けっして、あいつの思うようにはさせません。しかし、よほど用心しなくてはいけません。こうなったら、非常手段をとるほかはないのです。あいてが、妖人の魔法つかいですから、こちらも魔法つかいになるのです。そんなとほうもないことをと、おっしゃるかもしれませんが、そのとほうもないことをやらないと、あいつには勝てないのです。」
そして、明智は、なにか、ひそひそと、花崎さんの耳にささやくのでした。それをきくと、花崎さんの顔が、すこし明るくなってきました。
「なるほど、悪魔の知恵には、悪魔の知恵で、というわけですね。二重底の秘密というわけですね。わかりました。明智さんのお考えに、したがいましょう。いっさい、おまかせしますよ。」
そして、ふたりは、またなにか、ひそひそと、ささやきあうのでした。