穴の上から
防空壕の上の土手では、シャベルで掘れるだけ掘ると、あついコンクリートが、あらわれてきました。防空壕のてんじょうにあたる部分です。
もうシャベルでは掘れませんから、用意してあった電気さく
ゴングが地震だと思ったのは、このさく岩機のひびきでした。頭の上から落ちてきたのは、コンクリートのかけらだったのです。
見ているまに、さしわたし五十センチほどの穴があきました。待ちかまえていた明智探偵は、懐中電灯で、その穴の中を照らしました。
穴の下は水でいっぱいです。その水の中から、あわれなゴングの首が浮きあがっていました。頭には、まだネズミがとまっています。そして顔じゅう血だらけなのです。
明智に呼ばれて、土手の下から、ひとりの警官がかけあがってきました。警視庁の中村警部です。
「ゴングは、だいじょうぶか?」
「だいじょうぶ。もう水はとめさせたから、これいじょう、ふえることはないよ。それにしても、ゴングの顔は血だらけになっている。どうしたんだろう。」
「コンクリートのかけらが、ぶっつかったのかな?」
「いや、わかった。そうじゃないよ。見たまえ。あいつの頭には、ネズミがウジャウジャかたまっている、ネズミにかじられたんだよ。かわいそうなことをしたな。」
明智探偵はそういって、にが笑いをするのでした。
水の中のゴングは、しばらくは、なにがなんだかわからないように、ぼんやりと、穴の上を見あげていましたが、やがて、ことのしだいが、のみこめたらしく、ぐっとこちらをにらみつけて、どなりました。
「おい、そこにいるのは明智だな。そして、もうひとりは、中村警部か?」
「そうだよ。ひどいめにあわせてすまなかったね。だが、きみをとらえるのには、こんな手を考えだすほかはなかったのだよ。きみは、魔法つかいだからね。それにしても、きみの魔法はどうしたんだ。こんなときには、役にたたないとみえるね。」
明智が穴をのぞきこみながらいいますと、下から、また、にくにくしげな、どなり声が聞こえました。
「きさまなんかに、おれの魔法がわかってたまるもんか。いまに、どんなことが起こるか、見ているがいい。こんどこそ、もう、きさまを生かしちゃおかないぞっ!」
「ハハハ……、からいばりは、よしたまえ。きみは、ぜったい人ごろしはしないはずだったじゃないか。それに、きみはもう、魔法なんかつかえはしないよ。あれは魔法でも、なんでもないんだからね。」
「フフン、で、きさま、おれの魔法の秘密を知っているというのか。」
「すっかり知っているよ。だから、いくらきみがおどかしたって、ちっともこわくないのさ。」
「それじゃ、いってみろ。」
「なにも、いまいうことはないじゃないか。きみは、そのつめたい水の中に、まだがまんしているつもりか?」
「おれに、縄がかけたいのだろう。おれのほうでは、ちっともいそぐことはないよ。ここで聞いてやろう。さあ、いってみろ!」
「ごうじょうなやつだな。それじゃ、水の中で泳ぎながら、聞いていたまえ。きみの魔法といっても、たいていは、これまでに種がわれている。わからなかったのは、ゴングの顔が、空にあらわれる秘密と、ここの池の底から、大きなゴングの顔が浮きあがってきた秘密と、それから、れいのウワン、ウワンという音と、この三つぐらいのものだね。」
「うん、その秘密がわかるか。」
「子どもだましだよ。ウワン、ウワンという音は、テープレコーダーと、拡声器があれば、だれにだってだせるよ。拡声器の大きなやつをつかえば、何百メートルもむこうまで、ひびくからね。」
「ふふん、きさまの考えは、まあ、そんなところだろう。だが、あとの二つの秘密は、むずかしいぜ。きさまに、とけるかね?」
水の中から、首だけをだした血まみれのゴングの顔が、にくにくしく、あざ笑いました。
「なんでもないよ。二つとも、やっぱり、子どもだましさ。きみのやることは、いつでも子どもだましだよ。ただ、ちょっと、人の思いつかないような、きばつな子どもだましなので、世間がだまされるのだ。きみのくせを知ってしまえば、その秘密をとくのは、ぞうさもないことだよ。」
「で、とけたか?」
「むろん、とけたさ。」
ひとりは、穴の上にしゃがんで、懐中電灯を照らしながら、ひとりは血まみれの顔で、つめたい水の中に立ちおよぎをしながら、このふしぎな問答は、なおもつづくのでした。