夜光怪人
小林君をさきにたてて、七人の少年が、森の中へはいっていきましたが、森の中は、ただまっ暗で、あやしい光りものなどは、どこにも見えません。もう三十メートルほど進んだのに、なにもあらわれないのです。
「井上君、なにもいないじゃないか。やっぱり、きみの気のせいだったかもしれないよ。」
野田君の声が、ぼそぼそと、ささやきました。
「へんだなあ。さっきは、たしかに、このへんの宙に浮いていたんだよ。」
井上君も、ささやきかえしました。そして、キョロキョロと、暗闇の中を見まわすのでした。
すると、そのときです。どこからともなく、へんな音が聞こえてきました。はじめは、もののすれあうような、えたいのしれぬ、かすかな音でしたが、耳をすましていますと、何者かが暗闇の中で、くすくすと、笑っているように感じられました。
七人の少年たちのうちの、だれかが笑っているのでしょうか。
「だれだ、笑っているのは?」
小林君が、おしころした声で、たずねました。だれも答えません。まっ暗で、おたがいの顔は見えませんが、笑っているのは、どうも少年たちの仲間ではないようでした。
そのうちに、くすくすという、しのび笑いが、だんだん、大きな声になってきました。たしかに笑っているのです。ひとをばかにしたように、笑っているのです。
とうとう、爆発するような大笑いになりました。
「ワハハハハ……、ワハハハハ……。」
森じゅうにひびきわたる、悪魔の笑い声でした。
少年たちは、おもわず、おたがいのからだを、だきあうようにして、立ちすくんでいました。まっ暗闇の中に、とほうもない笑い声だけがひびいているのは、じつにきみのわるいものです。
「アッ! でたッ!」
井上君が、おしころした声で叫びました。みんなは、ギョッとして、あたりを見まわしました。
ずっと、むこうです。森の木の間に、見えつかくれつ、あの銀色の首が、ふわふわと浮いているではありませんか。
少年たちは、いよいよ身をかたくして、じっと、その光る首を見つめました。
スウッと、一直線に飛ぶかとおもうと、また、ふわふわとただよい、その首は、だんだん、こちらへ近よってきます。
井上君のいったとおりです。銀色の顔、まんまるで、もえるようにまっ赤な目、ガッとひらいた赤い口、なんともいえない恐ろしい顔です。
「みんな、逃げちゃいけないよ。お化けなんて、いるはずはない。だれかが、ぼくたちをおどかすために、いたずらをしているんだ。きっと、そうだよ。だから、みんなで、あいつをつかまえてやろうじゃないか。」
小林君が、ささやきました。
「うん、やっつけちゃおう。」
野田君が、元気よく、ささやきかえしました。
そこで、少年たちはたがいに手をつなぎあって、じりじりと、怪物の顔のほうへ進んでいきます。
すると宙に浮く首は、それとしったのか、だんだん、あとずさりをはじめたではありませんか。ふわふわと、むこうのほうへ遠ざかっていくのです。
あいてが逃げだしたとわかると、少年たちは、ますます元気がでてきました。
いっそう、足をはやめながら、光る首を追っていきます。
まっ暗な森の中、ゆくてに立ちふさがる大きな木の幹を、ぬうようにして進んでいくのです。
銀色の首は、少年たちをからかうように、ふわふわとただよいながら、森のおくへ、おくへとはいっていきましたが、やがて、ピタッと、宙にとまってしまいました。そして、まっ赤な目で、じっとこちらを、にらみつけているのです。少年たちも立ちどまりました。息づまるような、にらみあいです。
二十秒ほどたったとき、少年たちは、なにか、パッと光るものに、いすくめられて、くらくらっと、目がくらむような気がしました。
ああ、ごらんなさい。そこに、ひとりの銀色に光る人間が立っていたではありませんか。あの恐ろしい首の下に、胴体がつながったのです。そして、その胴体も、うすきみわるく銀色に光っているのです。
怪物は、まっぱだかで、仁王だちになっていました。その全身が、後光のような光でおおわれているのです。
夜光怪人! まさに夜光の人間です。いったい、この怪人は、どうして、こんなに光るからだを持っているのでしょう。それに、あの恐ろしい、まんまるな、まっ赤にかがやく目、火を吹く口。こんな怪物が、地球上にあらわれたことが、いちどだってあったでしょうか。
少年たちは、あまりのふしぎさ、恐ろしさに立ちすくんだまま、夢でも見ているような気持ちでした。
「ワハハハハハ、ワハハハハハ……。」
銀色の怪物は、もえるような、まっ赤な口をあけて、森じゅうにひびく笑い声をたてました。
笑いながら、怪人の光るからだは、スウッと、地面をはなれて宙に浮きました。そして、ぐんぐん、上のほうへのぼっていくではありませんか。この夜光怪人は、飛行の術をこころえているのでしょうか。
黒ビロードの闇の中に、ピカピカと銀色に光る人間。それが空へ空へとのぼっていくのです。なんという、うつくしさでしょう。ぞっと、するほど、こわくて、うつくしい光景です。
少年たちは、息もつまるおもいで、それを見つめているのでした。