怪人のおくの手
それから、どれほどたったでしょう。ほんとうは、五分ぐらいだったかもしれません。しかし、少年たちは、まるで、一時間もたったような気がしました。
そのとき、やっと、手ごたえがあったのです。少年たちは、ほそびきが、ぴんとはりつめて、草をはねのける音をききました。
もう、声をたてることはできません。みんな、おたがいの手にさわって、しっかりしろと、はげましあいました。そして、草の中に寝そべったまま、ほそびきの上のほうを、じっと、見つめるのでした。
はりつめたほそびきが、びんびんと音をたててゆれました。アッ、すべってきます。まっ黒なやつが、二本のほそびきをつたって、サーカスの曲芸師のようにすべってきます。
少年たちは、草の中に、からだをおこして、いつでも、とびかかれるよういをしました。
どしんと、地ひびきをたてて、黒いやつが、しりもちをつきました。しかし、すぐに、サッと、とびおきて、ほそびきを、ほどこうとしています。
怪物は、ぴったりと身についた黒いズボンをはき、黒いたびをはき、顔も黒いきれでつつみ、肩には、黒いみじかいマントのようなものを、はおっていました。巨大なコウモリのようなかっこうです。
その怪物が、地面につきさした棒のところにしゃがんで、ほそびきを、ときにかかりました。その手もまっ黒です。黒い手袋をはめているのでしょう。
怪物のからだは、一センチもあまさず、黒いきれで、かくされています。青銀色に光るからだを見せないために、どこからどこまでも、おおいかくしているのです。
さっき、ヒノキのてっぺんで、夜光人間が、だんだん消えていったのは、黒いズボンをはき、黒いシャツを着、黒いマントをはおって、つぎつぎと、光るからだをかくしていったからです。
そのとき、小林君は、そばにうずくまっていたチンピラたちのからだをたたいて、あいずをすると、パッととびおきて、怪物にしがみつきました。
チンピラたちも、おくれてはいません。小林君といっしょに、怪物の両方の手にとびかかっていきました。
「ワアッ!」
このふいうちに、怪物は、びっくりして、おもわず叫び声をたてたのです。
それから暗闇の草の中で、恐ろしい組みうちがはじまりました。怪物の右の手に四人、左の手に三人の少年が、ぶらさがっていましたが、組んずほぐれつするうちに、いくども手をふりほどかれました。
しかし、いくらふりほどいても、つぎの瞬間には、少年たちが取りついていました。
さすがの怪物も、だんだん弱ってきたようです。もうふりほどこうとしません。
そのとき、小林少年は、七つ道具のひとつの、呼びこの笛を取りだして、ピリピリピリピリ……と吹きならしました。やしきの中の刑事たちに、応援をたのむためです。
「さあ、みんな、もうけっして、手をはなすんじゃないよ。こいつを、このまま門のほうへ、ひっぱっていくんだ。そして、刑事さんたちに、引きわたすんだ。」
「うん、だいじょうぶだ。もうはなすもんか。」
チンピラたちは、口々にそう答えながら、一生けんめいに、怪物の両手にしがみつくのでした。
しがみついたまま、少年たちは、やしきの門のほうへ歩きだしました。子どもといっても、七人の力ですからかないません。まっ黒な怪人は、両手を引っぱられるまま、しかたなく、少年たちについてきます。
しかし、怪物は盗みだした推古仏を、いったいどこに、かくしているのでしょう。両手に持っていないことはいうまでもありません。もし、そのとき、小林君が怪人のからだをさがしたら、シャツのポケットかなんかに、あの仏像をいれてあるのを、取りもどすことができたのかもしれません。高さ十五センチの小さい仏像ですから、どこへでもかくせるのです。
ところが、小林君は残念なことに、怪人を刑事たちに引きわたすことで、心がいっぱいになっていて、そこまで考えるゆとりがないのでした。
七人の少年たちは、怪物の両手にしがみついて、ぐんぐん、ひっぱっていきました。原っぱをでて、やしきの横丁へまがりました。
そのときです。
じつに、おどろくべきことが、おこったのです。夜光人間は、最後のおくの手をだして、奇々怪々の魔術をつかったのです。
「ギャッ!」
という恐ろしい叫び声がひびきわたり、七人の少年たちは、かさなりあって、地面にたおれていました。
いったい、どうしたのでしょう。怪物に七人の少年をつきとばすような力が、のこっていたのでしょうか。
いや、そうではありません。少年たちは、怪物の手にしがみついたまま、いちども、はなさなかったのです。いまも、そのまま、しがみついているのです。
それなのに、どうして、たおれたのでしょうか。怪物がさきにたおれて、そのいきおいで、みんなをたおしたのでしょうか。
いや、そうでもありません。怪物はもう、そこにはいなかったのです。闇にまぎれて、うしろのほうへ、原っぱのほうへ、逃げさってしまったのです。
それとわかれば、すぐに、とびかかっていったのでしょうが、少年たちは、すこしも気がつきませんでした。
なぜといって、少年たちは、怪人の右手に四人、左手に三人、いまでもまだ、しがみついていたからです。
これはいったい、どうしたというのでしょう。怪物の両手が、すっぽりと、ぬけてしまったのです。そのいきおいで、少年たちは、おりかさなって、たおれてしまったのです。
両手をきりはなして逃げていくなんて、いくら化けものでも、へんではありませんか。
小林君は、やっと、そこへ気がついて、にぎっている怪人の手をしらべてみました。
その手には、黒いシャツが、ぴったりくっつき、その上に黒い手袋をはめていました。いそいで手袋をはずしてみると、中から、ビニールでこしらえた人形の手が出てきたではありませんか。
ああ、なんということでしょう。暗闇の原っぱで、組みあっているあいだに、悪がしこい怪物は、こういうときの用意に、マントの中につりさげていた人形の腕を、少年たちににぎらせてしまったのです。そして、さもじぶんの手のように、ここまでひっぱってこられたとき、ふいに人形の手をはなして、少年たちをころばせたのです。
少年たちは、やっと、そこへ気がつきましたが、怪人はとっくに、闇のかなたに消えうせていました。いまさら追っかけても、とても見つけだせるものではありません。