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虫(12)_虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

 だが、まるで違った場面もあった。そこでは、彼女は物狂わしき妖女となった。振りさばいた髪の毛は、無数の蛇ともつれ合って○○○かなぐり捨てた全身が、まぶしいばかり桃色に輝き、○○○○○○○、(そら)ざまにゆらめき震えた。柾木は、その兇暴なる光景に耐えかねて、ワナワナと震い出した程である。
 ある晩のこと、彼はこっそりと、二人の隣の部屋に泊り込んで、彼等が湯殿へ行った間に、境の砂壁の腰貼(こしば)りの隅に、火箸(ひばし)で小さな穴をあけた。これが病みつきとなって、それ以来、彼は出来る限り、二人の隣室へ泊り込むことを目論んだ。そして、どの(うち)の壁にも、一つずつ、小さな穴をあけて行った。彼はこの(きつね)の様に卑劣な行為を続けながら、ふと「俺はここまで堕落(だらく)したのか」と、慄然(りつぜん)とすることがあった。併し、それは烈しい驚きではあっても、決して悔恨(かいこん)ではなかった。世の常ならぬ愛慾の鬼奴(おにめ)が、彼を清玄の様に、執拗(しつよう)な恥しらずにしてしまった。
 彼は不様な格好で、這いつくばい、壁に鼻の頭をすりつけて、辛棒(しんぼう)強く、小さな穴を覗き込むのだが、その向う側には、凡そ奇怪で絢爛(けんらん)な、地獄の覗き絵がくりひろげられていた。毒々しい五色(ごしき)のもやが、目もあやに、もつれ合った。ある時は、芙蓉のうなじが、眼界一杯に、つややかな白壁の様に拡がって、ドキンドキンと脈をうった。ある時は、彼女の柔かい足の裏が真正面に穴を(ふさ)いで、老人の顔に見えるそこの(しわ)が、異様な笑いを笑ったりした。だが、それらのあらゆる幻惑の中で、柾木愛造を最も引きつけるものは、不思議なことに、彼女のふくらはぎに、一寸ばかり、どす黒い血をにじませた、()(きず)の痕であった。それはひょっとしたら、池内の爪がつけたものだったかも知れぬけれど、彼の目の前に異様に拡大されて蠢いていた、まぶしい程つややかな、薄桃色のふくらはぎと、その表面を無残にもかき()いた、生々しい傷痕の(みに)くさとが、怪しくも美しい対照を()して、彼の眼底に焼きついたのであった。
 だが、彼のこの人でなしな所業は、恥と苦痛の半面に、奇怪な快感を伴っていたとは云え、それは、日一日と、気も狂わんばかりに、彼をいらだたせ、悩ましこそすれ、決して彼を満足させることはなかった。襖一重の声を聞き、眼前一尺の姿を見ながら、彼と芙蓉との間には、無限の(へだた)りがあった。彼女の身体はそこにありながら、掴むことも、(いだ)くことも、触れることさえ、全く不可能であった。しかも、彼にとっては永遠に不可能な事柄を、池内光太郎は、彼の眼前で、さも無雑作(むぞうさ)に、自由自在に振舞っているのだ。柾木愛造が、この世の常ならぬ、無残な苛責(かしゃく)に耐えかねて、遂にあの恐ろしい考を抱くに至ったのは、誠に無理もないことであった。それは実に、途方もない、気違いめいた手段ではあった。だが、それがたった一つ残された手段でもあったのだ。それを外にしては、彼は永遠に、彼の恋を成就(じょうじゅ)する(すべ)はなかったのである。


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