日语学习网
虫(22)_虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3341

十一


 翌日柾木が目を覚ましたのは、もうお昼過ぎであった。(ねむ)りながらも、彼の心は「こうしてはいられない。こうしてはいられない」という気持で、一晩中、闘争し苦悶し続けていたのだが、さて目が覚めると、却ってボンヤリしてしまって、昨日までのことが、凡て悪夢に過ぎなかった様にも思え、現に彼の目の前に(よこた)わっている芙蓉の死骸を見ても、部屋中にみなぎっている、薬品の(におい)や、甘酸っぱい死臭にむせ返っても、それも夢の続きで、まだ本当に起きているのではないという様な感じがしていた。
 だが、いつまで待っても、夢は醒めそうにもない。仮令これが夢の中の出来事としても、彼はもうじっとしている訳には行かなかった。そこで、彼はその方へ這って行って、ややはっきりした目で、恋人の死体を(しら)べたが、そこに起ったある変化に気附くと、ギョッとして、俄かに、意識が鮮明になった。
 芙蓉は寝返りでも打った様に、一晩の(うち)に姿勢がガラリと変っていた。昨夜までは、死骸とは云え、どこかに反撥力が残っていて、(九字削除)無生物という気持がしなかったのに、今見ると、彼女は全くグッタリと、身も心も投げ出した形で、やっと固形を保った、重い液体の一塊(ひとかたまり)の様に、横わっていた。触って見ると、肉が[#「肉が」は底本では「肉か」]豆腐(とうふ)みたいに柔くて、既に死後強直が解けていることが分った。だが、そんなことよりも、もっと彼を撃ったのは、芙蓉の全身に現われた、おびただしい屍斑(しはん)であった。不規則な円形を為した、鉛色の紋々(もんもん)が、まるで奇怪な模様みたいに、彼女の身体中を覆っていた。
 幾億とも知れぬ極微なる蟲共は、いつ()えるともなく、いつ動くともなく、まるで時計の針の様に正確に、着々と彼等の領土を侵蝕して行った。彼等の極微に比して、その侵蝕力は、実に驚くべき速さだった。しかも、人は彼等の暴力を目前に眺めながら、どうする事も出来ぬのだ。手をつかねて傍観する外はないのだ。一度(ひとたび)恋人を(ほう)むる機会を失したばかりに、生体に幾倍する死体の魅力を知り(はじ)め、痛ましくも地獄の恋に陥った柾木愛造は、その代償として、彼の目の前で、いとしい恋人の五体が戦慄すべき極微物の為に、徐々にしかも間違いなく、蝕まれて行く姿を、拱手(きょうしゅ)して見守らなければならなかった。恋人の為に死力を尽して戦いたいのだ。だが、彼等の恐るべき作業はまざまざと目に見えていながら、しかも、戦うべき相手がないのだ。嘗てこの世に、これほどの大苦痛が存在したであろうか。
 彼は追い立てられる様な気持で、昨日失敗した防腐法を、もう一度繰返すことを考えて見たが、考えるまでもなく駄目なことは分り切っていた。防腐液の注射は無論彼の力に及ばぬし、氷や鹽を用いる方法も、そのかさばった材料を運び入れる困難があった外に、何となく彼と恋人とを隔離(かくり)する感じが、いやであった。そして、仮令どんな方法をとって見た所で、幾分分解作用をおくらすことは出来ても、結局それを完全に防ぎ得るものでないことが、彼にもよく分っていた。彼の慌だしい頭の中に巨大な真空のガラス瓶だとか、死体の花氷(はなごおり)だとかの、荒唐無稽な幻影が浮んでは消えて行った。製氷会社の薄暗い冷蔵室の中で、技師に嘲笑されている彼自身の姿さえ、空想された。
 だがあきらめる気にはなれなんだ。(以下三行削除)
「アア、そうだ。死骸にお化粧をしてやろう。せめて、うわべだけでも塗りつぶして、恐ろしい蟲共の拡がって行くのを見えない様にしよう」
 考えあぐんだ彼は、遂にそんなことを思立った。あきらめの悪い姑息(こそく)な方法には相違なかったけれど、彼の不思議な恋を一分でも一秒でも長く楽しむ為には、この様な一時のがれをでも試みる外はなかった。


分享到:

顶部
12/01 09:37