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虫(23)_虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337


 彼は大急ぎで町に出て、胡粉(ごふん)刷毛(はけ)とを買って帰り(これらの異様な挙動を、婆やはさして怪しまなんだ。彼の不規則な生活や、奇矯な行為には、慣れっこになっていたからだ。彼女はただ土蔵から出て来た柾木の身辺に、病院へ行ったような、ひどい防腐剤の匂の漂っていたのを、いささか不審に思った)別の洗面器にそれを溶いて、人形師が生人形の仕上げでもする様に、芙蓉の全身を塗りつぶした。そして、不気味な屍斑が見えなくなると、今度は、普通の絵の具で、役者の顔をする様に、目の下をピンク色にぼかして見たり、眉を引いて見たり、唇に紅を塗って見たり、耳たぶを染めて見たり、その他五体のあらゆる部分に、思うままの色彩をほどこすのであった。この仕事に彼はたっぷり半日もかかった。最初はただ屍斑や陰気な皮膚の色を隠すのが目的であったが、やっている内に、(しかばね)の粉飾そのものに異常に興味を覚え始めた。彼は、死体というキャンヴァスに向って、妖艶なる裸像を描く、世にも不思議な画家となり、様々な愛の言葉を囁きながら、興に乗じては冷いキャンヴァスに口づけをさえしながら夢中になって絵筆を運ぶのであった。
 やがて出来上った彩色(さいしき)された死体は、妙なことに、彼が嘗つてS劇場で見た、サロメの舞台姿に酷似していた。生地(きじ)の芙蓉も美しかったけれど、全身に毒々しく化粧をした芙蓉は、一層生前のその人にふさわしくて、云い難き魅力を備えていた。蝕まれて、最早や取返す術もなく思われた、芙蓉のむくろに、この様な生気が残っていたことは、しかもそれが生前の姿にもまして悩ましき魅力を持っていたことは、柾木にとって寧ろ驚異であった。
 それから三日ばかりの間、死体に大きな変化もなかったので、柾木は、日に三度食事に降りて来る外は、全く土蔵にとじ籠って、せっぱつまった最後の恋に、明日(あす)なき恋人のむくろとさし向いで、気違の様に、泣きわめき、笑い狂った。彼には、それがこの世の終りとも感じられたのである。
 その(あいだ)に、一つ丈け、少し変った出来事があった。ある午後、粉飾せる死体のそばで、疲れ切って泥の様に眠っていた柾木は、婆やが土蔵の入口の所で引いている、呼鈴(よびりん)代りの鳴子(なるこ)の音に目を覚ました。それは来客の時に限って使用することになっていたので、彼は若しや犯罪が発覚したのではないかと、ギョッとして、飛び起ると、芙蓉の死骸に頭から蒲団(ふとん)をかぶせて置いて、ソッと階段を降り、入口の所で暫く耳をすましていたが、思い切って厚い扉を()けた。すると、そこにはやっぱり婆やが立っていて、「旦那様、池内様がお()でなさいました」と告げた。彼は池内と聞いてホッとしたが、次の瞬間、「アア、奴めとうとう俺を疑い始め、様子をさぐりに来たんだな」と考えた。「いると云ったのかい」と聞くと、婆やは悪かったのかとオドオドして「ハイ、そう申しましたが」と答えた。彼は咄嗟(とっさ)に心をきめて「構わないから、探して見たけれどいないから、多分知らぬ()に外出したのだろうと云って、返して下さい。それからね。当分誰が来ても、僕はいない様に云って置くのだよ」と命じて、そのまま扉を締めた。
 だが、時がたつに従って、池内に会わなかったことが、(くや)まれて来た。勇気を出して会いさえすれば、一か(ばち)か様子が分って、却って気持が落ちついたであろうに、なまじ逃げた為に、池内の心をはかり兼ねて、いつまでも不安が残った。静かな土蔵の二階で、黙りこくった死骸を前にして、じっと考えていると、その不安がジリジリとお化けの様に大きくなり、身動きも出来ない程の恐怖に襲われて来、彼はその恐怖を打消す為め丈けにも、居続けの遊蕩児(ゆうとうじ)の様な、焼けくそな気持で、ギラギラと毒々しい着色死体を物狂おしく愛撫(あいぶ)した。


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