魔術師
江戸川乱歩
作者の言葉
わが明智小五郎は、遂に彼の生涯での最大強敵に相対した。ここに『蜘蛛男』の理智を越えて変幻自在なる魔術がある。魔術師は看客の目の前で生きた女を胴切りにしたり、箱詰めの小女を剣の芋刺しにしたり、彼女を殺害して鮮血したたる生首を転がして見せたり、或は立所に人を眠らせ、自由自在の暗示を与え、或は他人の心中持物を看破するなど、あらゆる奇怪事を行うことが出来る。
兇賊がこれらの怪技の妙奥を会得していた場合を想像せよ。流石の名探偵明智小五郎もこの魔術師の心理的或は物理的欺瞞には、いたく悩まされねばならなかった。
魔術兇賊とは何者であるか。それがどんなに意外な人物であるか。又彼はそもそも如何なる悪業を企んだのか。そして、明智小五郎はよくこの大敵に打勝つことが出来たか否か。名探偵と魔術師の争闘こそ見ものである。
「講談倶楽部」昭和五年六月号より
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