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蒙面的舞蹈家(3)_江户川乱步短篇集_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337


 さて、当日になりますと、生れて初めての経験です。私は命ぜられた通り、精々念入りに変装して、(あらかじ)め渡されたマスクを用意して、指定の場所へ出掛けました。
 変装ということが、どんなに面白い遊戯であるかを、私はその時初めて知ることができました。そのために態々(わざわざ)、知合いの美術家の所へ行って、美術家特有の変てこな洋服を借り出したり、長髪のかつらを買求めたり、それ程にする必要もなかったのでしょうが、家内の白粉(おしろい)などを盗みだして、化粧をしたり、そして、それらの変装を、(うち)の者達に少しも悟られないよう、こっそりとやっている気持が、又(たま)らなく愉快なのです。鏡の前で、まるでサーカスの道化(どうけ)役者ででもあるように、顔にベタベタ白粉を塗りつける心持、あれは実際、一種異様の不思議な魅力を持っているものです。私は初めて、女が鏡台の前で長い時間を浪費する気持が、分ったように思いました。
 兎も角も変装を済ませた私は、異形(いぎょう)風体(ふうてい)を人力車の(ほろ)に隠して、午後八時という指定に間に合うように、秘密の集会場へと出かけました。
 集会場は山の手のある富豪の邸宅に(もう)けられてありました。(くるま)がその邸宅の門に着くと、私は(かね)て教えられていた通り、門番小屋に見張り番を勤めている男に、一種の合図をして、長い敷石道を玄関へとさしかかりました。アーク燈の光が、私の不思議な恰好(かっこう)を長々と、白い小石道に映し出していました。
 玄関には一人のボーイ(てい)の男が立っていて、これは無論会が(やと)ったものなのでしょう、私の風体を怪しむ様子もなく、無言で内部へ案内してくれました。長い廊下を過ぎて、洋風の大広間に入ると、そこにはもう、三々五々、会員らしい人々や、その相手を勤める婦人達が、立っていたり、歩いていたり、長椅子に沈んでいたりしました。(おぼろ)にぼかした燈光が、広く立派な部屋を、夢のように照し出していました。
 私は、入口に近い長椅子(ながいす)に腰を下して、知人を探し出すべく、部屋の中を見渡しました。(しか)し、彼等はまあ、何という巧みな変装者達なのでしょう。確に会員に相違ない十人近くの男達は、まるで初めて逢った人のように、()恰好から、歩き振りから、少しも見覚えがないのです。云うまでもなく顔面は、一様の黒いマスクに隠されて、見分けるべくもありません。
 (ほか)の人は兎も角、古くからの友達の井上次郎だけは、いかにうまく変装したからといって、見分けられぬ(はず)はあるまいと、瞳をこらして物色するのですが、私のあとから次々に部屋へ入って来た人達の内にも、それらしいのは見当りません。それはまあ、何という不思議な晩であったことでしょう。いぶし銀のようにくすんだ色の広間の中に、鈍く光った寄木細工の床の上に、種々様々の変装をこらし、お揃いのマスクをはめた十七人の男と、十七人の女が、ムッツリと黙り込んだまま、今にも何事か奇怪な出来事の起るのを待設(まちもう)けでもするように、ある者は静止し、ある者は(うごめ)いているのです。
 こんな風に申しますと、読者諸君は、西洋の仮装舞踏会を聯想(れんそう)されるかも知れませんが、決してそうではないのです。部屋は洋室であり、人々は大体洋装をしてはいましたけれど、その部屋が日本人の邸宅の洋室であり、その人々が洋装をした日本人であるように、全体の調子が、非常に日本的で、西洋の仮装舞踏会などとはまるで違った感じのものでありました。
 彼等の変装は、正体をくらます点に(おい)て極めて巧みではありましたけれど、皆、余りに地味な、(あるい)は余りに粗暴な、仮装舞踏会という名称にはふさわしからぬものばかりでした。それに、婦人達の妙に物おじをした様子で、なよなよと歩く風情(ふぜい)は、あの活溌(かっぱつ)な西洋女の様子とは、似ても似つかぬものでありました。


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