三
青山浩一は、約束の夜、九時丁度に、相川スミエの高級アパートを訪ねた。云われた通り、入口では何の挨拶もせず、階段を上って、見覚えの部屋の前に戻った。
彼は床屋に行き、風呂にはいって、すがすがしく変っていた。おれのような青年に、どうして、これほどの幸運がやって来たのかと、ふしぎでたまらなかった。期待ではちきれそうになっていた。
鍵はかけてないかも知れない。はじめは軽く、次には強くノックして見た。返事がない。ひっそりと静まりかえっている。ノッブを廻して押して見たが、ひらかない。やっぱり鍵がかかっているのだ。まさか、いないのではあるまい。逢引の作法に従って、合鍵を使わせるために、わざと息を殺しているのかも知れない。
鍵をとり出して、ドアをひらいた。彼女がドアの横の壁に身を隠していることを予期したので、少しずつ、用心ぶかくひらいた。何の手ごたえもない。「スミエさん」小声で呼んで見た。シーンとしている。室内にはいって、うしろ手にドアをしめた。
「スミエさん、ぼくです」
今度は少し大きい声を出した。