大宝庫
光、光、光、と、ただそのことばかり思いつめていると、ふっと、天の啓示の様に、わしの頭に閃いたものがある。
わしは、少年時代の不思議な記憶を思い浮べたのだ。
十七歳の時であった。わしは父の棺を送って、この穴蔵へ来たことがある。その時坊さんが、穴蔵の中で経を読んだ筈だ。何の光で読んだのだろう。そうだ、そうだ。あの時は奇妙な外国渡りらしい燭台が、棺の前に立っていた。あれはお寺のものでない。わしの家のものだ。その癖わしは、あんな奇妙な燭台を家の蔵の中で一度も見たことがない。とすると、若しやあれは、いつもこの墓穴の中に置いてあるのではなかろうか。きっとそうだ。きっとそうだ。
あの燭台があれば、ひょっとしたら、蝋燭の燃え残りがないとは云えぬ。
わしは、この一縷の望みに奮い立った。今度は無見当に走り廻るのではない。壁を伝って、注意深く、穴蔵の中を一周して見ることにした。
わしはもう、ドキドキしながら、まるで富籤でも抽く様な気持で、ソロソロと歩き出した。そして、穴蔵を半周したかと思う頃、冷い金属の棒が手に触れた。
わしの嬉しさを察して下さい。あったのだ。燭台があったのだ。しかも、その上の蝋燭立てには、三本の燃え残りの蝋燭まで揃っていたではないか。
わしは夢中になって、惶しく袂に手をやった。いつもそこにマッチが入っているからだ。ところが、アア、何ということだ。神様、神様。わしはどうしてこうまで不幸なのだ。
だが考えて見れば、それに気附かず、夢中になって喜んだわしが馬鹿であった。普段着を着て棺に入っている死骸はない。わしは経帷子を着せられていた。経帷子の袂にマッチなぞが入っている道理がないのだ。
だが、みすみす、蝋燭に触っていながら、たった一本のマッチがない為に、光を見ることが出来ぬとは、あんまりむごたらしい運命ではないか。
わしは腹立しさに、重い燭台を取って、力まかせに地上へ投げつけた。
と、燭台そのものの音の外に、カチャンという軽い物音が聞えた。オヤ、あれはなんだろう。燭台の上に何かのせてあったのではあるまいか。燭台に普通のせるものと云えば……オオ、マッチだ。マッチに違いない。蝋燭に火をつけたマッチを、そのまま燭台にのせて置くのは、誰でもやることだ。
わしは石畳みの地面を這い廻った。暗闇で小さな物を探すのは難しい。だが一念は恐ろしいものだ。とうとうそれを見つけた。イヤ、探り当てた。案の定マッチ箱だ。
わしは震える指で、それをすった。パッと火薬が爆発した様な、恐ろしい火光が目を射た。燭台を立てて、三本の蝋燭に点火した。穴蔵の中が、日の出の様に明るくなった。闇に慣れた身には、まぶしく目を開けていられぬ程だ。
わしはその光で、穴蔵の中を見廻した。壁に沿って十幾つの棺がズラリと並んでいる。皆わしの先祖だ。
だが、お話ししたいのは、棺のことではない。そんな陰気な話ではない。
仕合せは仕合せを呼ぶとはよく云ったものだ。一度燭台という仕合せにぶつかると、それが原因となって、矢つぎ早に第二の仕合せが押しかけ来た。しかもそれは、第一のものに比べて百倍も千倍も、イヤイヤ、恐らく百万倍もでっかい仕合せであった。
蝋燭の光は、さい前わしが破った棺も照らしていた。わしはそれを見た。すると、そのすぐ横に、もう一つ、蓋のとれた大寝棺が転がっているではないか。
オヤ、わしの外にも、生埋になった奴があるのかしらんと不思議に思って、目をこらすと、棺の中には、何やらウジャウジャと入っている。死骸ではない。キラキラ光るものだ。
地面にも、それがこぼれ落ちて、まるで金色の砂の様に、美しく光っている。
わしは「アッ」と声を上げて、駈け寄った。地面の砂金をすくい上げた。棺の中の光る物を手にとった。
金だ。金貨だ。日本のもの、支那のもの、どこの国とも分らぬもの、大小様々の金貨、銀貨、指環、腕環、種々様々の細工物、鹿皮の袋を開けば、目もくらむ宝石の数々。恐らく何十万円という財宝だ。ひょっとしたら、もう一段桁が違うかも知れない。
わしは、フラフラとめまいがした。嬉しいどころか、恐ろしかった。なぜといって、こんな場所に、その様な財宝が貯えてある筈がないからだ。穴蔵の恐怖に耐えかねて、わしの頭がどうかしたのだ。夢を見ているのだ。でなければ、気が違ったのだ。
わしは頬をつねって見た。コツコツと頭を叩いて見た。だが、別に異状はなさそうだ。おかしいぞ。わしの破った棺も、先祖の棺も、石の壁も、ちゃんとそのまま目に映っている。それに、その金貨の棺丈けが幻だとは、どうにも信じられぬではないか。
待てよ。
さっき棺を破った時、何か重いものが落ちた様な地響がしたぞ。それから、バラバラと固いものが頭の上から降って来たぞ。オオ、あれだ。あれがこの宝の棺だったのだ。
と気附いて、見上げると、案の定、壁の上部に棚の様なものがあって、その脚の丸太棒が一本丈け倒れている。