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灰神楽(5)_江户川乱步短篇集_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336


さて、その翌日、愈々(いよいよ)実行となると、彼は又しても二の足を踏まなければならなかった。表の往来から聴えて来る威勢(いせい)のいい玄米パンの呼声、自動車の警笛、自転車の(ベル)、そして、障子を照す(まぶ)しい白日の光、どれもこれも、彼の暗澹たる計画に比べては、何と健康に冴え渡っていることであろう。この快活な、あけっぱなしな世界で、果してあの異様な考えが実現出来るものであろうか。
「だが、へこたれてはいけない。昨夜あんなにも考えた挙句、堅く堅く決心した計画ではないか。その外にどんな方法があるというのだ。躊躇(ちゅうちょ)している時ではない。これを実行しなかったら、お前には絞首台があるばかりだ。仮令失敗したところで、元々ではないか。実行だ、実行だ」
彼は奮然として起き上った。ゆっくりと手水(ちょうず)を使って食事を済ませると、態と暢気らしく、一渡り新聞に目を通し、ふだん散歩に出るのと同じ調子で、口笛さえ吹きながら、ブラブラと宿を出た。
それから一時間ばかりの間、彼が何処(どこ)へ行って何をしたか、それは(あと)になって自然読者に分ることだから、ここには説明を(はぶ)いて、彼が奥村二郎を訪問した所から話を進めるのが便宜である。
さて、奥村二郎の家の、殺人の行われたその同じ部屋で、庄太郎と死者の弟の二郎とが相対(あいたい)していた。
「で、警察では加害者の見当がついているのかい」
一渡り(くや)みの挨拶(あいさつ)取交(とりかわ)されてから、庄太郎はこんな風に切り出すのであった。
「さあどうだか」中学上級生の二郎は、あらわなる敵意を以って、相手の顔をじろじろ眺めながら答えた「多分駄目(だめ)だろうと思う。だって証拠が一つもないんだからね。仮令疑わしい人間があるとしても、どうすることも出来ないさ」
「他殺は疑う余地がないらしいね」
「警察ではそう云っている」
「証拠が残っていないという話だが、この部屋は十分調べたのかしら」
「そりゃ無論だよ」
「誰かの本で読んだことがあるが、証拠というものは、どんな場合にでも残らない筈はない相だ。ただそれが人間の目で発見出来るか出来ないかが問題なのだ。例えば一人の男がこの部屋へ入って、何一つ品物を動かさないで出て行ったとする。そんな場合にも、少くとも畳の上の(ほこり)には、何等(なんら)かの変化が起こっている筈だ。だから、とその本の著者が云うのだよ、綿密なる科学的検査によれば、どの様な巧妙な犯罪をも発見することが出来るって」
「…………」
「それから又、こういうこともある。人間というものは、何かを探す場合、なるべく目につかない様な所、部屋の隅々とか、物の蔭とかに注意を奪われて、すぐ鼻の先に(ほう)り出してある、大きな品物なぞを見逃すことがある。これは面白い心理だよ。だから、最も上手な隠し場所は、ある場合には最も人目につき易い所へ露出して置くことなんだよ」
「だからどうだって云うのだい。僕等(ぼくら)にして見れば、そんな暢気らしい理窟(りくつ)を云っている場合ではないんだが」
「だからさ、例えばだね」庄太郎は考え深そうに続けた「この火鉢だってそうだ。こいつは部屋の中で、最も目につき易い中央にある。この火鉢を誰かが調べたかね。殊に中の灰に注意した人があるかね」
「そんな物を調べた人はない様だね」
「そうだろう。火鉢の灰なんてことは、誰しも閑却(かんきゃく)し易いものだ。ところで君はさっき、兄さんが殺された時には、この火鉢のところに一面に灰がこぼれていたと云ったね、無論それはここにかけてあった鉄瓶が傾いて、灰神楽が立ったからだろう。問題は何がその鉄瓶を傾けたかという点だよ。実はね、僕はさっき、君がここへ来るまでに、変なものを発見したのだ。ソラ、これを見給(みたま)え」


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