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怪屋の妖火(2)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337
 考えながら、神谷はふと上衣うわぎのポケットへ手をやった。すると、突如として、インスピレーションのように、一つの奇妙な考えが浮かんできた。
「おお、おれはマッチを持っていた。ここにマッチがある」
彼はそれをポケットから取り出して、軸木じくぎの数を調べた上、その一本をシュッとすった。たちまちやみを破る赤い光。その光で、密室の隅から隅を見まわしているあいだに、彼の考えはますます熟して行った。
「そうだ、そのほかに方法はない。いちばちかやっつけてみるのだ」
彼は大急ぎで服を脱ぎはじめた。そしてまっぱだかになると、シャツ、猿股さるまた、ワイシャツ、ネクタイ、ソフトカラアなど薄手のものばかりり出して一とまとめにし、再び素肌すはだに背広を着、オーバーをまとった。それからポケットというポケットをさぐって、ハンカチ、古手紙、鼻紙、手帳の類に至るまで、燃え易いもの一切を集めて、シャツなどの布類と一緒にし、それを丸めて部屋の奥の板壁のきわに置いた。
彼はそれに火をつけようというのだ。では彼は悪魔の巣窟そうくつを焼き払うつもりなのだろうか。だが、そんなことをすれば、誰れよりも先に神谷自身が焼け死んでしまうではないか。なんという無謀なことを企てたものであろう。彼は引きつづく激情に、気でも狂ったのではあるまいか。
いや、そうではない。彼は一つの冒険を思い立ったのだ。千番に一番という危ない芸当をもくろんでいたのだ。
何本もマッチをむだにして、やっと紙類が燃え上がった。ワイシャツのそでに火が移った。と見ると、神谷はいきなり地だんだを踏みはじめた。両のこぶしを握ってはげしく板壁をたたいた。そして、何がおかしいのか、大口をあいて、できるだけの声を立てて、気ちがいのように笑いだした。
「ワハハハハハ」という無気味な笑い声が家じゅうに響きわたった。
しばらくそれをつづけていると、あんじょう、板戸のそとに足音がして、のぞき穴をひらいたものがある。神谷はそれを合図のように、たちまち沈黙して、すばやく、覗き穴から見えぬ入口にうずくまり、板戸のひらくのを今や遅しと待ち構えた。
彼の笑い声に不審を抱いて、様子をうかがいにきたのは、やっぱり恩田の父親であった。見ると、部屋の奥に炎々と燃え上がる火焔かえんだ。打ち捨てておけば、今にも板壁に燃え移りそうに見える。あわてふためいた老人は、何を考える暇もなく、いきなりかんぬきをはずして板戸をひらき、火焔をみ消すために、室内にけ込んだ。
今だ! 神谷は老人のわきの下をくぐるようにして、疾風のように廊下へと飛び出した。そして、満身の気力をふるい起こして、老人のうしろから、パタンと板戸を閉め閂をおろした。今や主客顛倒てんとう、老人の方がおりの中へとじこめられてしまったのだ。
そうしておいて、神谷は心覚えの廊下伝い、老人の書斎しょさいを通って、玄関を飛び出した。それから、例の締め切った門の鉄扉てっぴをよじのぼり、飛び降り、暗闇くらやみの森を一目散に駈け抜けて、道もない草原へ出た。
空は一面に曇って星も見えず、寒い風が草むらをザワザワと波立たせている。振り返れば、まっ黒に眼を圧して襲いかかる魔の森林、その中にチロチロと瞬くは怪屋のともし火か、それとももしや、彼の逃亡を知って追いかけてくる怪物の眼の燐光りんこうではないのか。
ふとそんな連想をすると、神谷は足もすくむほどの恐怖を感じた。そして、草むらのざわめくのも、風ではなくて、へびのようにい寄る獣人の姿かと疑われ、果ては、見渡す限り、闇の草むらのここにも、あすこにも、無数の蛇のようにギラギラ光る燐光のまぼろしさえ浮かんでくるのであった。
彼は走った。無我夢中で走りつづけた。のどはカラカラにからびて、舌が石のようにし固まり、心臓は咽のあたりまで飛び上がってくるかと感じられた。
道であろうと、なかろうと、方角さえもわからず、ただ走りに走って、しかし、ついに街道に出た。まばらに立ち並ぶ街燈、並木のあいだにチラチラ見える一軒家、その駄菓子だがし屋らしい藁葺わらぶきの一軒家までたどりつくと、彼はいきなりガタピシと障子をあけて、そこの土間へのめりこんだ。

このことが土地の警察署に伝わり、数名の警官が、やや気力を回復した神谷を案内に立てて森の中の怪屋に向かうまでには、かなりの時間が経過した。そして、彼らが手に手に懐中電燈をかざして、街道から抜け道を伝い、雑木林を抜け出たとき、先頭に立つ神谷が、何を見つけたのか、ハッと立ちすくんでしまった。
「どうしたんだ、君、何かいるのか」
 

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