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舞台裏の怪異(2)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

奈落(ならく)のようだぜ」
「いや、舞台裏かもしれない」
「おい、みんな、行ってみよう」
人々はドカドカと廊下へ出て、草履(ぞうり)をつっかけるのももどかしく、先を争うように走り出した。大部分は奈落へ降りていったが、二人だけ舞台裏に(まわ)った者がある。若い道具方とその友だちの(とび)の者だ。彼らは決して奈落の(やみ)を恐れたのではなかった。さいぜんの悲鳴を舞台裏からきたものと信じていたのだ。
道具建てを取りかたづけた舞台の上は、原っぱのように広々としていた。高い天井から裸電燈が幾つか下がっている。開演中の照明とは違って、公園の常夜燈みたいに、薄暗くたよりない感じだ。
廻り舞台の大きな二重円形が、まる出しに見えている。その両側の道具置場には、幾筋かの細い通路を残して、書き割、さまざまの張り物、藪畳(やぶだたみ)などが、ゴチャゴチャと詰め込んである。
両人は廻り舞台のまん中に立って、どこを探したものかと、しばらく躊躇(ちゅうちょ)していたが、すると、またしても異様な叫び声が聞こえてきた。
「アワワワワ」というようなかん高い声が、何かに(ふた)されているように、陰にこもって舞台の広い空洞にこだまするのだ。
「おい、やっぱりここだぜ」
「ウン、あっちの方から聞こえてきたようだね」
二人は足音を盗んで、それとおぼしき道具置場の細い通路へはいって行った。
藪畳(やぶだたみ)をかきさがしたり、書き割を動かしてみたりして、抜け目なく眼をくばりながら、グルッと一巡したけれど、どこの隅にも人影らしいものもない。
「こいつあ、どうもキテレツだわい。確かに、この辺から聞こえてきたんだがなあ」
「だまって。相手に聞かれちゃいけねえ。しばらくここで待ってみようじゃねえか」
二人はささやきかわしながら、その細くて薄暗い通路にしゃがんだ。
彼らのうずくまったすぐ前には、藪畳が三枚ほど立てかけてあって、その奥に、()る日本舞踊の道具に使われる、張り物の大きなお釈迦(しゃか)さまの坐像(ざぞう)が、大入道のようにボンヤリと見えていた。
「おや、今なんだかガサガサって音がしたじゃねえか」
(ねずみ)だろう」
「鼠なもんか。どうやら、この辺が(くさ)いぜ」
突然、彼らはハッと息を()んで、眼と眼を見合わせた。ごく間近くから、「ウーン」という妙な(うな)り声がして、パタパタと何かを()りつける音が聞こえたからだ。
「オイ、見ろ、あの中が怪しいぜ」
「ウン、そうだ、用意はいいか」
「やっつけろ!」
二人の眼が、そういう意味を伝え合った。そして、呼吸が(そろ)うと、彼らは立ち上がるや否や恐ろしい勢いで、そこにある張子(はりこ)の仏像へ飛びついていった。
軽い張子のお釈迦さまは、()と突きで横ざまに倒れてしまった。同時に、仏像の体内に隠れていたものが、眼の前に暴露された。
まっ黒な人影が、スックと立ち上がって、こちらを(にら)みつけたまま、逃げだそうともしない。その男の顔のあたりに、(りん)のように底光りのする二つの丸いものが、じっと動かなかった。(ひょう)の眼だ。果たして、そこには恩田が隠れていたのだ。
恩田の足元に、肌も(あら)わになって花売娘が倒れていた。いうまでもなく、江川蘭子である。猛獣はその可憐(かれん)餌食(えじき)とたった二人で、さいぜんからずっと、この仏像の体内に(ひそ)んでいたのに違いない。
道具方と(とび)の者は、相手があまりに落ちつきはらっているので、無気味さに、手出しもできず立ちすくんでいた。
長いあいだ無言の睨み合いがつづいた。
「お前たち、二人っきりか」
異様に陰気な声が響いてきた。人間豹が物を言ったのだ。
「何をっ!」
鳶の者が、虚勢を張って、これも低い声で応じた。
「お前たち、おれの力を知らないのか」
薄闇(うすやみ)の中に、(きば)のようなまっ白な歯が、浮き出して見えた。二つの燐光が油を注いだように、爛々(らんらん)と燃え立った。
怪人は、両手で空を(つか)むようにして、ジリジリと前へ進んできた。
畜生(ちくしょう)っ、やっちまえ」
(とび)の者は、やけくそにわめきながら、黒い影に組みついて行った。道具方もおくれてはいない、(すき)を見て怪物の足にからみついた。
「オーイ、早く来てくれえ、曲者(くせもの)をつかまえたぞお」
組みつきながら、二人は声々に、奈落(ならく)の人たちの応援を求めた。

 


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