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名探偵の憂慮(2)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337


「恩田の仕業(しわざ)でしょうか」
神谷が驚いて明智の顔を見た。
「むろんです。君は恩田の一味の者に尾行されたのですよ。その尾行したやつが、僕の家へおはいりなすったのを見て、とっさにこんな(おど)し文句を書いたのです」
「ですが、この一大不幸というのは、一体なにを意味するのでしょうか」
神谷はこの事件を依頼したことを後悔している口調であった。
「ハハハハハ、ご心配には及びません。僕にはその意味も大方(おおかた)はわかっているのです。しかし、そんなことを恐れていては、探偵の仕事はできやしませんよ。僕は脅迫状(きょうはくじょう)にはもう慣れっこになって、ほとんど無感覚ですよ」
明智は事もなげに言い放った。
そうしているところへ、自動車がきたという知らせがあったので、二人は急いで部屋を出た。
「小林、君も一緒に行くんだ。ひょっとしたら、ちっとばかり手強(てごわ)い敵にぶっつかるかもしれんぞ」
明智が玄関へ送って出た美少年の肩をたたいて言った。
「はあ、お供します」
小林少年は、ハッキリした口調で答えて、さも(うれ)しそうに、()け出して行って自動車のドアをひらいた。
築地(つきじ)へ行ってくれ」
三人が並んでクッションに腰かけると、明智が行先を命じた。車はたちまち走り出す。
「築地と言いますと……」
神谷はせき立てられるままに、まだ行く先も知らなかったのだ。
「むろん高梨の家ですよ。おわかりですか。君は今、どこから僕の家へいらしったのです。築地の高梨家の前からではありませんか。その君に尾行してきた男があったとすれば……途中ですれ違いに見つけて跡をつけるというのは少しおかしいですからね……その男は高梨家から君をつけてきたと思わなければなりません。君は気づかれないつもりでいても、先方ではちゃんと君の挙動を監視していたかもしれませんよ」
「高梨家の人が、僕をですか」
神谷は、明智の考えがあまりに飛躍的だものだから、妙な混迷におちいって、あとで考えると恥じ入るような愚問を発した。
「そうですよ。ああ、君はあの熊井という男をすっかり信じきっているのですね。無理もありません。あの男は蘭子さんの護衛を勤めていたほどですからね。しかし、悪魔の誘惑は、どんな所へでも伸びて行くのです。現に大都劇場の配電盤係りが恩田のために買収されていたという例もあるくらいです。熊井がやっぱり同じ手でやられなかったとはきめられませんよ。何よりおかしいのは、彼の突然の引越しです。それも、蘭子さんに奉公口を世話したその午後ですからね。第一、柔道家の青年が女中の世話をするなんていうことが、変てこじゃありませんか。あなたはそれを疑ってみなかったのですか」
飛ぶように走る自動車の中で、明智は丁寧(ていねい)に説明した。
そこまで聞けば、いくら混迷におちいっているといっても、明智の心配の意味を悟らないわけにはいかぬ。神谷青年はギョッとして、思わず明智の横顔を(にら)みつけた。
「すると、あの高梨家に、恩田の手が(まわ)っているとでも……」
「そうですよ。行ってみなければほんとうのことはわかりませんが、脅迫状といい、熊井君の引越しといい、僕にはなんとなくそんなふうに感じられるのです。熊井君は、その高梨のお嬢さんが、不具者で、いつも顔に覆面(ふくめん)をしていると言ったのですね。あれを聞いたとき、僕はハッとしましたよ。僕の思いすごしかもしれません。どうかそうであってくれればいいと思います。しかしそういう手は、わる賢い犯罪者などがよく用いるものですからね。僕はかつてそれと同じ手口を見たことがあるのです」
「ああ、あなたはもしや、その覆面のお嬢さんが……」
「ええ、恩田の変装でなければいいがと思うのです」
畜生(ちくしょう)め! そうだ。そうにきまっている。ああ、僕はなんという間抜けだったろう。苦心に苦心をして、蘭子ちゃんを、あのけだものの(わな)の中へ落としこむなんて……」
神谷はもうまっ青になって、自動車の(ゆか)に、地だんだを踏むのであった。
「おい、運転手君、料金はいくらでも増してやるから、もっと急いでくれないか。人の命にかかわることなんだ。早く、もっと早く」
彼は気違いのようにわめき立てた。
「しかし、いくら急いでみても、僕らはもう後手(ごて)を引いているのかもしれませんよ」
明智は深い憂慮の色を浮かべて言う。
「どうしてですか。蘭子が高梨家へ行ってから、まだ二時間あまりしかたっていないのですよ……」
「いや、普通なれば心配することはないのですが、あなたを尾行したやつがありますからね。そいつは僕を恐れているのです。恐れているからこそ、あんな脅迫状を残して行ったのです。何を恐れるのか。僕の想像力をです。僕が高梨家というものを疑うかもしれない。それが怖いのです。すると、そいつは、僕らの先廻(さきまわ)りして、高梨家に帰り、いつ襲撃されてもさしつかえないように用意をするかもしれません」
「用意っていいますと?」
「さあ、その用意を、僕は極度に恐れているのです。むろん先方へ行ってみなければ、わからないことです。杞憂(きゆう)であってくれればいいと思うのですが、わるくすると……」
「蘭子が……」
「ええ、そうですよ。相手は人間じゃないのですからね。前の例でもわかるように、肉食獣にもひとしいやつですからね」
明智はそう(つぶや)いたまま、言いがたき不安の色を浮かべて、だまりこんでしまった。

 


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