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第二の棺桶(3)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

 神谷もじっとしているわけにはいかなかった。オズオズと玄関に出てみると、明智と小林少年とは、植込みの柴折戸(しおりど)から、裏庭の方へ(まわ)ったらしい。門のそとは淋しいといっても、時々はタクシーの通る往来だ。まさか門のあたりに隠れているはずはあるまいと、わざとその安全な方角を選んで、彼はノコノコと歩いて行った。
だが、敷石道を五、六歩行くと、もう恐ろしくて歩けなかった。両側のナツメの植込みが、まっ黒な(かげ)を作って、そこに何かしらただならぬけはいが感じられたからだ。見まいとしても不思議な妖気(ようき)が彼の眼をその方へ引きつけて行った。植込みのもっとも暗い蔭、そこの地上三尺ほどの(やみ)に、ああ、忘れもしない、あの青く燃える二つの蛍火(ほたるび)が、じっとこちらを見つめていたではないか。
神谷は、それを見た刹那(せつな)、あとで考えると気恥かしくなるような、なんともえたいの知れぬ叫び声を立てながら、一目散に玄関の方へ逃げ帰ったのだが、逃げながら振り返ると、怪物の方でも驚いたらしく、黒い影が、植込みをザワザワいわせて、門の方へ、怪しい風のように飛び去って行くのが感じられた。
「神谷さん、どうしたのです」
叫び声を聞きつけて、明智と小林少年とが、玄関へ戻ってきた。
「やつがいたのですか」
神谷は、門外を指さして、「あちら、あちら」とかすれた声で告げ知らせた。
勇敢(ゆうかん)な二人は、それを聞くと、矢のように門のそとへ()け出して行った。だが、しばらくすると、別段のこともなく帰ってきて、
「何もいませんよ。思い違いじゃありませんか」
と、疑わしげに神谷の青ざめた顔を見るのであった。
「間違いじゃありません。確かにあいつでした。まだその辺の路地かなんかに隠れているかもしれませんよ。すぐ警察へ電話をかけてはどうでしょうか」
「いや、それには及びません。いくらおまわりさんが来たって、捕まるやつじゃない。それは今までのたびたびの経験で、君もよく知っているでしょう。ここへ警察なんかが飛び出してきては、かえってぶちこわしですよ。まあ見ててごらんなさい。僕に少し考えがあるんだから」
明智はそれ以上捜索しようともせず、呑気(のんき)らしいことを言って、サッサとうちの中へはいってしまった。神谷も仕方なくそのあとに従ったが、玄関を上がるか上がらないに、ドヤドヤと門内にはいってくる人の足音がして、大きな荷物が(かつ)ぎ込まれた。
「明智さんはこちらですね。これにご判を願います」
トラックの運転手みたいな男がどなっている。見ると、ドアのそとに、二人の男が何か大きな物を担いでいる。箱のようなものだ。長さ一間ほどもある細長い箱のようなものだ。それがドアをつきのけて、ニューッとこちらへはいってくる。
神谷はギョッとして立ちすくんでしまった。
第二の棺桶(かんおけ)だ。
けさ彼のうちに起こったことが、ソックリそのまま再現したのだ。おれは夢でも見ているのかしら。いや、そうではない。夢なんかじゃない。すると、あの棺桶の中には、今度は誰の死骸(しがい)がはいっているのだろう。
「奥さんは? 奥さんはどこにいらっしゃるのでしょう」
神谷は変な譫言(うわごと)みたいなことを言って、キョロキョロとあたりを見まわした。
「二階ですよ。今に降りてきますよ」
明智は無神経な返事をして、運転手のさし出す書付に判を押して、いまわしい荷物を応接間へ担ぎ込むように命じている。
「いいんですか。その箱の中、ご存じなんですか」
神谷は、今にも恐ろしいことが起こりそうに思われて、気が気ではなかった。
「ええ、知っていますとも。今お眼にかけますよ」
明智は落ちつき払っている。どうも変だ。この男はほんとうに明智探偵なのかしら。もしかしたら例の魔術でもって、いつの間にか、あのけだものが、明智に化けているのではないかしら。でなければ、こんな恐ろしい棺桶なぞを、ニヤニヤ笑いながら、うちの中へ持ち込むはずはないのだが。
明智は運転手たちが帰ってしまうと、応接室の窓々のブラインドを念入りにおろし、その上にカーテンを引いて、そとから隙見(すきみ)のできないようにしておいて、用意の釘抜(くぎぬ)きで木箱の(ふた)をひらきはじめた。
キイ、キイ、といやな音を立てて、一本ずつ釘がゆるむにつれて、蓋の一方が持ち上がって行く。そして、その隙間から、蔭になった箱の内部が、徐々に暴露されてくるのだ。
その棺桶(かんおけ)の中に、一体どんなものがはいっていたか、神谷青年がそれを見て、どのように驚いたか。いや、彼が驚いたのはそればかりではなかった。その夜、明智の事務所には、次々と実に異様なことが起こったのだ。神谷はまるで(きつね)にでもつままれたように、あっけにとられて、名探偵の演出する奇妙なお芝居に見とれているほかはなかった。

 


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