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裏の裏(2)_人豹(双语)_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

「つまり明智小五郎だね」なんて、いつもはこんな気障(きざ)な言い方をする人ではないのだが。
「それから、恩田の方はどうしたかというとね」明智はなかなか饒舌(じょうぜつ)であった。「その自動車でもって、芝浦へ走ったのだよ。芝浦の水道鉄管置場に、恩田のお父さんが待ち受けていようという寸法なのさ。そこで、親子が相談の上、一人のルンペンに手紙を持たせて、明智の……つまり僕のだね、僕のいる所へよこしたのだ……」
「まあ、それじゃあなたは……」
「僕はそのとき、このうちの前をぶらついていたんだよ。そうしていれば、きっと恩田の父親が探しにくると思ってね。僕は恩田に変装して、やつの身代りを勤めていたんだからね。ところが、おかしいじゃないか。恩田の方ではこの計略をちゃんと知っていたんだ。恩田を捕えた時、僕がつい口をすべらせたもんだからね」
「…………」
文代さんはもう合槌(あいづち)をうつことができなかった。何かしらえたいの知れぬ恐怖が、背筋に迫ってくるようで、身動きもできなかった。
「で、僕はルンペンの案内で、芝浦埋立地へ出かけて行った。明智のやつ、今頃はおそらく、あの鉄管の中でルンペンどもの(とりこ)になっていることだろうよ。なぜって、あすこには、鉄管を(ねぐら)にして二、三十人も、ルンペンがいるんだからね。そいつが人間(ひょう)を見つけたら、ただではおくまいからね」
話し手は、そこでまた醜怪(しゅうかい)な顔をニュッと突き出して、薄気味わるくウフフフフと笑った。
「誰です。あなたは誰です?」
文代さんは、まっさおになって、この奇怪な人物を凝視(ぎょうし)した。誰ですと聞くまでもない。これが明智自身でないとすれば、もう一人のやつにきまっているのだ。人間豹恩田にきまっているのだ。
「フフフフ、誰でもない、君の亭主だよ。君の可愛(かわい)い亭主だよ」
彼はふてぶてしく言いながら、ノッソリ立ち上がって、文代さんに近づいてきた。ああどうして今までそれに気づかなかったのであろう。明智の変装なれば、こんなに眼が光るはずはない。怪物の両眼はまるで青い(ほのお)のように燃えているではないか。彼の情慾(じょうよく)につれて、その火焔(かえん)が刻一刻燃え(さか)って行くではないか。
文代さんは、(しび)れたようになったからだから、最後の力をふりしぼって、サッと立ち上がると、悪魔の手の下を(くぐ)り抜け、廊下へ飛び出して行った。
「小林さあん、誰か、早く来て……」
だが、不思議なことに、うちの中はシーンと静まり返って、誰も答えるものはなかった。
「小林? ああ、あの小僧かね。女中部屋にいるんだよ。僕が連れて行って上げよう」
怪物は、すばやく文代さんのあとを追って、恐ろしい力で彼女を抱きしめたまま、無理やり階段を降りて行った。
「さあ、見るがいい。小林も女中も、あの態だ。よくお(やす)みになっているんだよ」
彼は女中部屋のドアをあけて、文代さんに中を(のぞ)かせた。見れば、彼のいう通り、二人のものは、床の上に長々と、気を失って倒れている。むろん悪魔の麻酔剤の効果である。
文代さんは叫ぼうとした。叫んで近隣の救いを求めようとした。だが、いつの間にか、彼女は、(おし)になっていたのだ。怪物の手の平が、ギュッと鼻口を(おお)って、呼吸さえ思うようにはできなかった。
「コレコレ、そんなにジタバタするんじゃない。いい子だからね。今に楽にしてあげるからね」
恩田は文代さんをしめつけたまま、まるで人形でもあつかうように自由自在にした。
「君はお人形さんになるんだよ。ほら、ここにちょうど人形箱が置いてある。この中へ、今度は君がお人形さんの身代りになってはいるのだよ。すると、僕が二階の窓から合図をする。その合図に従って運送屋がこの箱を受取りにくるんだよ。運送屋というのは、つまり、僕の手下なんだがね。それからトラックでもって、運ぶ先は、さあ、どこだろうね、当ててみるがいい」
恩田はもう有頂天(うちょうてん)になって、しゃべりちらした。目的物を獲得(かくとく)した(うれ)しさと、獲得の手段のすばらしさに夢中になっていた。仇敵(きゅうてき)明智探偵が智恵をしぼって用意したカラクリを、すっかりそのまま逆に利用してやるのだ。明智の変装も、マネキン人形も、その木箱さえも。なんとまあ素敵な報復手段であろう。
文代さんは気絶するほど弱い女ではなかった。それだけに、この侮辱が一倍はげしく心を打った。なんともいえぬ嫌悪(けんお)の情にガクガクと身内の(ふる)えるのをどうすることもできなかった。
けだものの体臭、けだものの呼吸、けだものの筋力。彼女は真実の(ひょう)を感じた。彼女の顔の上に猛獣の顔があった。らんらんと青光りする眼が、ヌメヌメした赤い唇が、そのあいだから(のぞ)いているするどい(きば)が、びっくりするほど大写しになって、一、二寸の距離に迫っていた。
彼女はその赤い唇が、トンネルみたいにパックリとひらくのを見た。すると、暗いトンネルの中から巨大な舌がペロリと現われた。ああ、その舌! 彼女はまざまざと見た。そのドス黒い舌の表面に、まるで針の山のようなするどい突起物が、一面に生え茂って、それが舌の運動につれて、風にざわめく(あし)に似て、サーッサーッとなびくのを。

 


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