「ワトスンさん、どこでどうしていたんですか?」混雑した街路を馬車に揺られながら、スタンフォードはさも不思議そうに尋ねた。「こんなに瘦やせ細って、しかもだいぶ日に焼けていますね」
私は戦場での命がけの冒険をかいつまんで説明したが、語り終えたのはもうじき目的地に到着するというときだった。
「それはお気の毒に!」私の不運を知って、スタンフォードは同情に満ちた声で言った。「で、いまはなにをしているんですか?」
「下宿探しだよ」私は答えた。「家賃が手頃で、住みやすい部屋はないものかと、探しまわっているところなんだ」
「奇妙な偶然ですね」スタンフォードは驚いた。「今日、ぼくにそういう話をするのは、ワトスンさんで二人目なんですよ」
「一人目は誰だい?」私は訊きいた。
「うちの病院の化学実験室で研究をやっている男です。今朝会ったときに言ってましたよ。いい下宿を見つけたんだが、あいにく同居してくれる人がなかなか見つからないって。そこは家賃が高くて、一人で払っていくのは無理だから、誰か折半してくれる人を探しているんだそうです」
「だったら渡りに船だ!」思わず声が高くなった。「その人が部屋と家賃を本気で誰かと分け合うつもりなら、ぼくは持って来いの相手だよ。こっちも一人暮らしより同居人がいてくれたほうがありがたい」
スタンフォードはワイングラス越しに意味ありげな視線を送ってよこした。「ワトスンさんはシャーロック・ホームズがどんな人物かまだ知りませんからね。四六時中あの男のそばにいるのは、けっこう骨が折れると思いますよ」
「どうしてだい? そんなにいけ好かないやつなのか?」
「いや、そうではないんですが、考えることがちょっと変わってましてね。科学の特定の分野にかなりのめりこんでいるんですよ。まあ、ぼくが見るかぎりでは、まずまず立派な人物といえますが」
「医学生なんだろう?」
「それが、ちがうんです。正直言って、なにが目標なのか見当もつきません。解剖学に精通していて、化学者としての力量はぬきんでていますが、医学を体系的に学んだことはないようですね。研究内容は実に気まぐれで、ほとんど常軌を逸しているほどなのに、教授陣が舌を巻くような珍しい知識を豊富にそなえているんです」
「なにが目標なのか、本人にじかに尋ねてみたことはないのかい?」
「ありません。素直に答えてくれるような相手じゃないんですよ。もっとも、気が向いたときはぺらぺらとよくしゃべるんですがね」
「会ってみたいな、その男に」私は言った。「ひとつ屋根の下で暮らすなら、勉強熱心で物静かな相手がいい。まだ体調が思わしくないから、大騒ぎや過度の興奮は身体にさわりそうなんだ。どちらもアフガニスタンでしこたま味わわされて、もうたくさんという気分だしね。きみのその友人には、どうやったら会えるんだい?」
「いまなら実験室にいると思いますよ」スタンフォードは言った。「何週間も姿を見せないこともあれば、朝から晩まで実験室に閉じこもりっぱなしのこともあるんです。どうでしょう、食事のあとに行ってみませんか?」
「ああ、そうしよう」私はそう答え、話題は自然と別のことへ移った。
レストランを出て病院へ向かう道すがら、私が同居しようと考えている紳士について、スタンフォードからもう少し詳しく聞かせてもらった。