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第2章 推理の科学(2)
日期:2023-10-30 15:34  点击:252

 ところで、ホームズは当たり前の知識が不足している点でも人並みはずれていた。現代文学や哲学、政治に関してはまったくの不案内と言っていい。なにしろ、私がトマス・カーライルを引き合いに出したとき、それはいったい誰だい、どんなことをやったんだい、となんの屈託もなく尋ねたのだから。だがそれ以上に驚いたのは、コペルニクスの地動説や太陽系の構造を彼はまったく知らないのだと、ひょんなことからわかったときだった。この十九世紀に生きる文明人でありながら、地球が太陽の外側を周回していることさえ知らないとは、不可解すぎてにわかには信じられなかった。

「びっくりしたようだね」ホームズはあっけにとられている私を見て、にやにや笑った。「やれやれ、よけいな知識が入ってしまったから、忘れるように努めなくては」

「なんだって!」

「いいかい、きみ、もともと人間の頭脳は狭い屋根裏部屋みたいなもので、本人が選えりすぐった知識だけをしまうべき場所なんだ。ところが、頭の悪い連中はがらくた同然のものまで手当たり次第にとっておこうとする。そのせいで便利な道具が隅へ押しやられたり、ほかの雑多なものとごちゃ混ぜになって、いざ必要になったときに使えなくなってしまう。そこへいくと熟練の職人は賢明だ。頭脳という屋根裏部屋になにをしまうべきか、しっかりと心得ている。仕事で役立ちそうな道具だけでも相当な量だから、それ以外のものは絶対に入れない。おまけに整理整頓も行き届いている。そもそも、狭い屋根裏部屋を無限に広がる空間みたいに考えちゃいけないんだ。伸び縮みする壁なんてあるわけないんだからね。そんなふうに錯覚して、あとからあとから詰めこんでいけば、いずれは気づかないうちに大事なことを忘れてしまう。よって、有用な知識がこぼれ落ちないよう、無用な知識はさっさと捨てるにかぎるのさ」

「しかし太陽系の知識くらいは……」私はむきになって反論を試みた。

「僕となんの関係がある?」ホームズがもどかしげにさえぎった。「地球が太陽のまわりを回ってたら、どうだって言うんだい? たとえ月のまわりを回っていようが、僕の人格や仕事にはこれっぽっちも影響はないね」

 その仕事とはいったいなんだい、と思わず訊きかけたが、ホームズの態度にはなんとなくそうした質問を受けつけない感じがあったので、急いで言葉をのみこんだ。そして、このときの短い会話についてあとで幾度も考えをめぐらせ、なんとか私なりの推論を組み立てようとした。ホームズは、自分の目的に必要のない知識はいっさい取り入れないと言った。となると、現在持ち合わせている知識はどれも彼にとって役立つものばかりだということだ。そこで、これまでのホームズを振り返って、彼が特に知ち悉しつしている分野を思いつくまま挙げていき、鉛筆で箇条書きにしてみた。そうして一覧表が完成すると、眺めながら思わずにやりとしてしまった。こんな内容である。

 シャーロック・ホームズの能力に関する特徴

一、文学の知識:なし。

二、哲学の知識:なし。

三、天文学の知識:なし。

四、政治に関する知識:乏しい。

五、植物学の知識:偏りがある。ベラドンナやアヘンなどの有毒植物全般に詳しい。実用的な園芸の知識は皆無。

六、地質学の知識:限定的だが実用的。異なる土壌を一目で識別できる。散歩から帰ってきてズボンの泥はねを見せ、色と粘度からロンドンのどの地区でついたものかを説明してくれたことがある。

七、化学の知識:無尽蔵。

八、解剖学の知識:正確だが体系的ではない。

九、重大事件の知識:けたはずれ。今世紀のあらゆる凶悪犯罪に通暁している模様。

十、ヴァイオリンの名手。

十一、棒術、ボクシング、剣術に熟達している。

十二、イギリスの法律に関して実用的な知識が豊富。

 だが、ここまで読み返したら急に嫌気がさして、暖炉の火に投げこんでしまった。「いちいち書きだしても始まらないだろう。こういう能力が必要な職業を探りあて、彼がなにを目指しているか突きとめたところで、それがいったいなんになる」私は自分に向かって言い聞かせた。「つまらないことは即刻やめよう」


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10/01 19:40