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第3章 ローリストン・ガーデンズの怪事件(6)
日期:2023-10-30 15:40  点击:293

「グレグスン君、これは重大発見だよ。たったいま見つけた。わたしが壁を注意深く調べなかったら、見つからずじまいだったろうな」

 そう言いながら小柄なレストレイドは目を輝かせた。同僚に一歩先んじた喜びを抑えきれない様子だ。

「さあ、こっちへ」レストレイドは意気揚々と食堂へ入っていった。薄気味悪い死体が運びだされたあとのせいか、室内の雰囲気はいくぶん明るくなったように感じられた。「皆さん、そこに立って!」

 レストレイドは靴底でマッチを擦り、掲げ持った炎を壁にかざした。

「どうぞご覧あれ!」勝ち誇った声で言い放つ。

 さっきも述べたとおり、壁紙はところどころ剝がれていたが、隅にあるその一角はとりわけ大きくめくれ、ざらついた黄ばんだ漆喰がのぞいていた。その露出した四角い部分に、血のように真っ赤な文字で一語だけ書きなぐってあった。

 RACHE

「どうです、皆さん!」レストレイド警部の態度は舞台に上がった奇術師を思わせた。「見落とされていたのは、部屋の隅の暗がりだったせいでしょう。ここを調べてみようとは誰も思いつかなかったんですよ。犯人は男にせよ女にせよ、自分の血で書いたにちがいありません。見てください、壁を伝い落ちていますよ! さあ、これで自殺の線は消えました。しかし、なぜわざわざこんな暗い場所に書いたのか? それはこれから説明します。マントルピースの上にろうそくがありますね。犯行時に火がともされていたとすれば、この壁は暗いどころか一番明るかったことになるんですよ」

「なるほどね。だが、それが見つかったからどうだっていうんだ?」グレグスン警部が小ばかにした口調で訊く。

「決まってるじゃないか。こいつを書いた者は女の名前のレイチェルRachelと書くつもりだった。ところが、最後のLに行き着く前に邪魔が入ったか、時間切れになったかしたんだろう。いいか、事件が解決したときにはレイチェルという女の存在が必ず浮上してるから、よく覚えておくんだな。おや、ホームズさん、笑ってますね。いまにわかりますよ。あなたが上等なおつむの持ち主だってことは認めますが、最後にものを言うのは年の功なんです」

「いや、失敬! まことに申し訳ない」ホームズは気分を害したレストレイドに、失笑したことを詫わびた。「真っ先に見つけたという点ではお手柄ですよ。きみの指摘どおり、この文字は昨夜の事件の関係者が書いたものだ。僕はこの部屋をまだ充分調べていないから、差しつかえなければ始めさせてもらうよ」

 ホームズはさっそくポケットから巻き尺と大きな丸い拡大鏡を取りだした。そしてこれら二つの道具を手に、せわしない足取りで音もなく室内を動きまわった。ときおり立ち止まり、あるいは膝ひざをつき、一度は腹はら這ばいにまでなった。没頭するあまり、私たちがいることなど忘れてしまったかのようだった。絶えずぶつぶつと独り言をつぶやいているばかりか、唐突に驚きの声をあげたり、うめき声や口笛をはさんだり、期待のこもった雄お叫たけびを短く連発したりしていた。そんなホームズを見ているうちに、よく訓練された純血種のフォックスハウンド犬が途絶えた臭跡を探して鼻をくんくん鳴らしながら、獲物の隠れ場を猛然と嗅ぎまわっている姿が思い浮かんだ。彼の調査はそれから二十分あまり続いた。私の目にはまったく見えないなにかの痕こん跡せきをたどって、その間隔を入念に測定し、さらにどういうわけか壁にも巻き尺をあてた。また床からは、一箇所に小さく積もっていた灰色の埃ほこりを慎重に拾い集め、封筒にしまった。最後は壁に書かれた例の文字を拡大鏡で一字ずつ仔し細さいに眺めた。調査を終えて、巻き尺と拡大鏡をポケットにしまったときには、いかにも満足そうな顔つきだった。


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