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第4章 ジョン・ランス巡査の証言(2)
日期:2023-10-30 15:41  点击:231

 私は額に手をあてた。「なんだか頭がくらくらしてきた。考えれば考えるほど謎が深まるばかりという気がするよ。そもそも二人の男は──二人とすればの話だが──どうして空き家へなんか入ったんだ? 彼らを乗せてきた馬車の御者はいまごろどうしているんだ? 犯人がどうやって被害者に毒を飲ませたのかもわからない。それに、あの血は誰のものだろう。被害者がなにも盗まれていなかったとすれば、犯行の目的はなんだろう。それから、女性の指輪がどうしてあそこに? しかしなによりわからないのは、第二の人物がRACHEというドイツ語を壁に書き残していった理由だ。残念ながら、こうした事実すべてにすっきりと説明がつく解答はひとつも思い浮かばないよ。降参だ」

 ホームズは、ねぎらうような笑みをたたえた。

「よくできた。疑問点が簡潔に要領よくまとまっているね。僕は今回の事件について、すでに大筋は把握しているつもりだが、依然として不明な点がたくさんあることも事実だ。ただしこれだけははっきりしている。レストレイドが発見した壁の文字は、社会主義運動や秘密結社の存在を匂わせることで、警察の目をあざむこうとする小細工だよ。あれはドイツ人が書いたものではない。きみも気づいたと思うが、Aの文字はたしかにドイツ流の書体らしく見えた。しかし本物のドイツ人なら必ずラテン文字を使う。よって、書いたのはドイツ人ではない。ドイツ人のふりをしようとしたが、大げさにやりすぎてしくじった不注意な人間だ。早い話が、捜査を攪かく乱らんするための陽動作戦だったのさ。だがワトスン博士、これ以上の説明は控えておくよ。手品師は種明かしをしたとたん、なんだそんなことかと観客からつまらなそうな目で見られるだろう? 僕の場合も同じだ。あまり手の内を明かすと、しょせん平凡なありふれた人間だったのかときみに失望されるといけないからね」

「失望なんかするものか」私はきっぱりと言い返した。「きみは探偵術を精密な科学に限界まで近づけるという、前人未踏の偉業を成し遂げたんだから」

 私の熱のこもった賛辞が嬉うれしかったのだろう、ホームズは頰を紅潮させた。すでに気づいていたことなのだが、探偵としての才能を賞賛されたときの彼は、美しいと褒められた乙女のように繊細な表情を見せるのだ。

「じゃあ、もうひとつ教えよう。エナメル靴の男と爪つま先さきが角張った靴の男は同じ辻馬車で例の家へ行き、親しげに、おそらくは腕を組んで庭の小道を歩いた。家に入ってからは室内をさかんに歩きまわった──具体的に言うと、エナメル靴の男はじっと立ったままで、角張った爪先のほうがしきりに行ったり来たりしていた。床の埃ほこりからそう判断できる。歩きまわっていた男が次第に感情を高ぶらせていったことも明らかだ。歩幅が大きくなっていたからね。動きながらしゃべっているうちに、激情に駆られたんだろう。それが惨劇につながったと思われる。目下わかっているのはこれで全部だ。それ以外は単なる推量か憶測にすぎない。とはいえ、調査に着手するための材料は充分そろった。さあ、急がなくては。午後はノーマン・ネルーダのヴァイオリンを聴きにハレ管弦楽団の演奏会へ行きたいんだ」

 こんな会話を交わしているあいだにも、馬車はすすけた通りや寂しい路地を抜けて、ぐんぐん進んでいた。やがて御者は、ほかよりも一段とすすけた寂しい道で馬車を急停止させた。「オードリー・コートはあの奥です」と言って、くすんだレンガの壁にはさまれた細い通路を指差した。「ここで待ちますんで」

 オードリー・コートは面白味のない場所だった。狭い通路を入っていくと板石を敷いた四角い中庭が現われ、そこを取り囲むようにみすぼらしい家がごみごみと建ち並んでいた。薄汚れた子供の群れをかき分け、色あせた洗濯物の列をくぐり、ようやく四六番地の家にたどり着いた。玄関のドアの小さな真しん鍮ちゆう板にランスという名前が彫られている。応対に出てきた者にランスとの面会を求めると、巡査はいま就寝中なのでしばらくお待ちを、と言われ、表側の小さな客間へ通された。


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10/01 19:30