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第5章 広告を見た来訪者(1)
日期:2023-10-30 15:43  点击:236

第5章 広告を見た来訪者

 体調が万全でないというのに朝から活発に動いたつけがまわったのか、午後は疲れが出てぐったりしてしまった。そこでホームズが演奏会へ出かけてしまうと、二時間くらい眠るつもりでソファに横たわった。ところが、なかなか寝つかれなかった。事件のせいで神経が高ぶっていたため、きてれつな想像や突拍子もない考えが頭のなかへどっと押し寄せてくるのだ。目を閉じるたび、殺された男の狒ヒ々ヒのような醜くゆがんだ顔がまぶたに浮かんだ。あまりにおぞましい形相なので、この世からああいう顔の持ち主を抹消した犯人には感謝の念しか抱けないほどだった。もし極悪人を象徴する人相というものが存在するならば、クリーヴランドのイーノック・J・ドレッバーの顔こそがまさにそれだと思った。しかし、いかなる事情であれ、正義はおこなわれるべきだとわかっている。たとえ被害者が悪行のかぎりを尽くしていようと、彼を殺した者は法の裁きを受けなければならない。

 事件について考えれば考えるほど、あれは毒殺だというホームズの説が荒こう唐とう無む稽けいに思えてきた。そういえば、彼は現場で被害者の口の匂いを嗅かいでいたから、毒殺だと言い切るだけの根拠を見つけたのだろう。それに、死体には外傷も首を絞められた痕あともなかったのだから、毒殺でないとすれば、ほかにどんな死因があるというのか。しかし、もし毒殺だとすると、床にこぼれていたおびただしい量の血はいったい誰が流したんだ? 現場には格闘の痕こん跡せきや凶器は見あたらなかったので、被害者が加害者に傷を負わせたとは考えにくい。こうした疑問がすっかり氷解しないうちは、ホームズも私も決して安眠はできないだろう。もっとも、彼の余よ裕ゆう綽しやく々しやくたる態度からすると、すでに事件の全容を明らかにする仮説を立てているにちがいなかった。どんな仮説なのかは、私には想像もつかなかったが。

 ホームズの帰りはかなり遅かった──演奏会だけでこんな時刻になるはずはないと断定できるくらいに。食卓にはすでに夕食の用意が整っていた。

「すばらしかったよ」席に着くとホームズは言った。「ダーウィンが音楽についてなんと言ったか覚えているかい? 音楽を生みだしたり鑑賞したりする能力は、言語能力よりもずっと昔から人類にそなわっていたそうだ。人が音楽から名状しがたい繊細な感動を味わうのは、おそらくそのせいだろうね。僕らの心には、世界がまだ幼年期にあって謎に包まれていた太古の時代の、おぼろな記憶が宿っているんだよ」

「ずいぶんとまた壮大な説だね」

「天地万物を解釈しようと思ったら、それに見合った壮大な思考が必要だ」ホームズはさらりと言ってのけた。「ところで、だいじょうぶかい? 顔色が悪いようだが。ブリクストン通りの惨事が身体にさわったのかな」

「実を言うと、そのとおりなんだ。アフガニスタンであれほど過酷な経験をしたんだから、もっと肝が据わっていてもいいはずなんだが。マイワンドの戦闘では、目の前で戦友が無残に命を散らしてもぜんぜん怖じ気づかなかったのに」

「わかるよ。今回の事件には想像力を刺激する謎めいたものがあるからね。想像力の働かないところには恐怖も生まれない。ところで、夕刊は読んだかい?」

「いいや」

「事件の詳しい記事が載っている。だが、死体を担ぎあげたときに女性の結婚指輪が転がり落ちたことには触れていない。そのほうが、かえって好都合だけどね」

「なぜだい?」

「この広告を見たまえ。今日、事件現場を出てすぐに、ひととおり全部の新聞に掲載を頼んでおいた」

 ホームズが新聞を投げてよこしたので、私は示された箇所に目をやった。それは〈遺失物拾得欄〉の最上段だった。


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10/01 17:34