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第7章 闇のなかの光(3)_緋色の研究(血字的研究)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

 私は階下から小犬を抱いて戻ってきた。はあはあと苦しげに息をしているし、目もどんよりと濁っているので、なるほどもうあまり長くはないようだ。鼻が雪のように白くなっているところを見ると、一般的な犬の寿命をすでに超えているのだろう。私は敷物の上のクッションに犬をそっと下ろした。

「では、二つの丸薬のうちひとつを半分に割ります」ホームズは折りたたみ式の小型ナイフを取りだして言った。「割ったら、片方はあとで必要になったときのために箱に戻しておき、残りの半分をワイングラスに入れてスプーン一杯ほどの水に浸します。ほら、ご覧のとおりワトスン博士の見立ては正しかったようですね。みるみる溶けていきます」

「さぞかし面白い実験なんでしょうな」レストレイドはからかわれていると思ったのか、機嫌を損ねた顔つきだった。「しかしですよ、これがジョゼフ・スタンガスンの死となんの関係があるっていうんです?」

「まあまあ、そう焦らずに! もう少しの辛抱です。事件に関係大ありだってことはじきにわかりますよ。さあ、では、牛乳を少々加えて飲みやすくしてから、犬の前に置いてみます。きっと喜んでなめるでしょう」

 そう言いながら、ホームズはワイングラスの中身をカップのソーサーにあけ、テリヤの鼻先に置いた。犬はたちまちきれいになめつくした。ホームズが真剣そのものの面持ちなので、私たちもこれはただの座興ではないと察し、静かに座ったままテリヤの様子を固かた唾ずをのんで見守った。なんらかの劇的な変化を予想して、その瞬間を待ち受けた。ところがいっこうになにも起こらない。犬は相変わらず息遣いが荒く、クッションの上でぐったりとしているものの、丸薬入りのミルクを飲んでも具合は特に良くも悪くもなっていないようだ。

 ホームズは時計を取りだして見つめていたが、なんの変化もないまま一分、また一分と過ぎていくうちに、いかにも無念そうな落胆の表情になった。唇を嚙かんで、テーブルを指でせわしなくたたく。内心のじれったさ、もどかしさが態度のあちこちに表われている。そんな彼を見ていると、気の毒でたまらず、いたたまれない気持ちになったが、二人の警部はいい気味だとばかりに薄笑いを浮かべていた。

「偶然の一致なんてことがあるものか!」ホームズはたまりかねて椅子から立ちあがり、荒々しい足取りで室内を行ったり来たりし始めた。「単なる偶然の一致であるわけない! ドレッバーの事件で、僕は毒薬が使われたにちがいないとにらんだ。そして実際にそのとおり、スタンガスンが殺された現場から丸薬が出てきたじゃないか。なのにそれが無害とはいったいどういうことなんだ? 僕の推理は根底から誤っていたというのか? そんなばかな! だがこの哀れな犬は薬を飲んでもなんともない。おお、そうか! わかった! わかったぞ!」

 ホームズは甲高い雄お叫たけびとともに小箱に駆け寄ると、さっきとは別のもうひとつの丸薬を取りだした。それを半分に割って片方を水に溶かし、牛乳を混ぜてからテリヤのすぐ前に置いた。病みきった老犬は、舌の先が液体に触れるが早いか足を激しく痙けい攣れんさせ、最後は雷に打たれたかのように全身を硬直させて息絶えた。

 大きく息をついてから、ホームズは額の汗をぬぐった。「もっと信念を大切にしなければ。自分の練りあげた推理と矛盾する事実が出てきたときは、視点を変えて、別の解釈を探せばいいとわかっていたはずじゃないか。箱に入っていた二個の丸薬は、ひとつは猛毒、もうひとつはまったくの無害だった。箱を見る前からそれに気づくべきだったんだ」

 とうとうそんな突拍子もないことまで言いだしたので、私はさすがにホームズの正気を疑った。しかし現実に犬は死んで、ホームズの推理が正解だったことを示す動かぬ証拠となったのだ。私の頭のなかで次第にもやが晴れていき、まだおぼろげではあるが、真相がうっすら見えてきたような気がした。


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12/01 10:47