「三人とも狐につままれたような顔ですね」ホームズは話を続けた。「それは捜査の初期段階で、目の前に転がっていた重大な手がかりを見落としたせいですよ。幸いにして僕は見逃さなかった。しかも、それ以降の出来事はことごとく僕の最初の仮説を裏付けるものだったし、なおかつ、どれも筋の通った当然の成り行きだった。諸君を混乱させ、事件にますます怪しげな印象を与えた事柄も、僕にとっては逆に謎の解明へ導いてくれる道しるべであり、また命綱でもあったわけです。うわべの奇怪さと本物の謎とを混同してはいけない。ごく平凡な犯罪が非常に謎めいて見えるというのはよくあることでしてね。なぜかというと、推理を組み立てるうえで基盤となる目新しい要素や顕著な特徴がないからなんです。今回の殺人も、もしあのような異様で猟奇的な装飾をまとっていなかったら、たとえば路上に死体が転がっているのが発見されただけのなんのへんてつもない事件だったら、解決ははるかに困難だったでしょう。こまごまとした奇怪な付属品のおかげで、事件はややこしくなるどころか、かえってすっきり片付いたのです」
この演説をいらいらした様子で聞いていたグレグスン警部が、たまりかねて口をはさんだ。「ちょっといいですか、ホームズさん。あなたが頭脳明めい晰せきで、独自の技能を身につけておいでだってことは重々承知しています。しかしね、いまはそんな御託や方法論をのんびり拝聴している場合じゃありません。肝心なのは犯人を捕らえることなんです。わたしもさっき自分なりの推理を述べましたが、どうやらそれはまちがっていたようだ。シャルパンティエ青年は第二の事件に関与しているはずないんですからね。レストレイドのほうは秘書のスタンガスンを追っていましたが、その線も誤りだったらしい。ですからホームズさん、今度はあなたの番ですよ。先刻から思わせぶりなことをさんざんおっしゃっていますから、われわれよりも真相に近づいておいでなんでしょう。どこまでご存じなのか、そろそろはっきりとお聞かせ願いたいものですな。単刀直入にうかがいます。犯人の名前はわかっているのですか?」
「グレグスン君の言うとおりですよ」レストレイド警部が横から加勢する。「彼もわたしも最善を尽くしましたが、残念ながら失敗しました。ホームズさん、あなたはさっきからずっと、必要な証拠はもうすべてつかんでいるような口ぶりだ。もったいぶっていないで、いいかげん教えてもらえませんかね」
「早く犯人をつかまえないと、残忍な凶行をさらに重ねる危険があるんじゃないか?」私も心配になって言った。
私たち三人に代わる代わる詰め寄られても、ホームズはまだふんぎりがつかない様子だった。考えに没頭しているときはいつもそうだが、顎あごを胸にうずめて眉み間けんにしわを寄せ、室内をせかせかと歩きまわっている。
「いいや、殺人はもう起こらない」しばらくしてホームズは唐突に立ち止まり、私たちのほうへ顔を向けた。「だからそのことで気をもむ必要はありません。犯人の名前はわかっているのかという質問にはこう答えましょう。ええ、わかっています。しかしそんなのは取るに足らないことです。犯人逮捕という大仕事に比べればね。そして、その時機はすぐそこに迫っています。僕がすでに手はずを整えてありますから、それに沿って実行すれば必ずうまくいきますよ。ただし、入念に手際よく事を運ばねばなりません。なにしろわれわれが追っている男は、きわめて狡こう猾かつなうえ、捨てばちになっています。おまけに、僕もまんまと一杯食わされましたが、本人と同じくらい奸かん智ちに長たけた人間が味方についていましてね。犯人が自分はみじんも疑われていないと信じて油断しているうちは、逮捕に持ちこむチャンスもあります。しかし、ほんのわずかでも警戒させたら、犯人はただちに名前を変え、四百万人が住むこの大都会で雲隠れしてしまうでしょう。こんなことを言うと、お二人は気を悪くするかもしれないが、警察の力ではとうてい歯が立たない相手だと思います。それで、きみたちの応援はあえて求めなかったのです。もちろん、なんらかの手抜かりがあって失敗すれば、責任はすべて僕が負います。その覚悟はできています。現時点でこれだけは約束しておきましょう。僕の作戦に成功のめどが立ったらすぐ、なにもかもお話ししますよ」