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第1章 アルカリ土壌の大平原(5)
日期:2023-10-31 15:33  点击:296

 放浪者たちを眺めているのはノスリだけだったが、それはなんとも風変わりな光景だった。まだ舌足らずな幼い少女と百戦錬磨のつわものという組み合わせの二人が、地面に敷いた細長いショールに並んでひざまずいている。ぽっちゃりした小さな顔と、やつれて瘦せ細った顔は、ともに畏い敬けいの念がこもったおごそかな表情で雲ひとつない空を仰ぎ、高く透きとおった声と低いしゃがれた声をひとつに合わせ、神の許しと慈悲を真剣に求めている。祈りが終わると、二人とも再び丸石の陰に座りこんだ。やがて少女はまどろみ、かたわらにいる保護者の広い肩にもたれかかった。男はしばらく稚いとけない寝顔を見守っていたが、三日三晩一睡もしていないのだから睡魔に打ち勝てるはずもなかった。まぶたがゆっくりと下りて疲れきった目を覆い隠し、頭は次第にうなだれて半白の顎あごひげが少女の金色の髪にくっついた。そうして彼らは、ともに夢を見ることさえなく眠りに落ちた。

 寝入ってしまうのがあと三十分遅ければ、男は不思議な光景に遭遇したはずだ。アルカリ平原のかなたに小さく砂煙が舞いあがるのをきっと目にしただろう。それは最初のうちこそ遠くの薄もやと見分けがつかなかったが、少しずつ縦にも横にも広がって、輪郭のはっきりした濃い雲に変わった。雲はさらに大きさを増し、やがて動物の大群が砂すな埃ぼこりをもうもうと巻きあげながらやって来るのだとわかった。肥ひ沃よくな土地であれば、草原で暮らす野牛の群れだと誰もが思う。しかしここは乾ききった不毛地帯、野牛などいるはずがない。渦を巻く砂さ塵じんは男と少女が眠っている切り立った崖がけへ徐々に近づいてきたが、距離が縮まるにつれ、馬車の幌ほろと武器をかまえた御者の姿がおぼろげに見え始めた。西部を目指して移動する幌馬車の大集団だったのだ。なんというおびただしい数だろう! 隊の先頭は山のふもとにさしかかっているのに、最後尾は地平線にまだ現われない。幌馬車と荷馬車、馬にまたがった男や歩いている男など、隊列が広大な荒野いっぱいにややばらけて伸びている。荷物を背負ってふらつく足取りで進む女も無数に見え、幌馬車の脇をよちよち歩いたり白い幌から顔をのぞかせている子供の姿もある。となると、これは普通の移民ではなく、やむにやまれぬ事情から新しい土地を探して旅する流浪の民にちがいない。大集団が放つガタゴトという耳障りな音は、車輪のきしみや馬のいななきと重なり合って澄んだ空気を刺し貫いた。しかし喧けん騒そうに包まれてもなお、二人の疲れ果てた放浪者が目を覚ます気配はなかった。

 隊列の先頭を行くのは、鉄のように厳格な面持ちの男たち二十人ほどで、地味な手織りの服をまとってライフル銃で武装していた。崖の下まで来ると、彼らは馬を止め、その場で話し合いを始めた。

「同胞たちよ、右へ進めば泉があるだろう」白髪まじりの頭で、ひげはなく、口もとに険しさをたたえた男が言った。

「シエラブランカ山の右側を行くべきだ。きっとリオグランデ川に出る」別の男が意見をはさんだ。

「水の心配など無用だ」三人目の男が大声で言い返す。「選ばれし民のわれわれが神に見放されるわけがない。岩の隙間からでも水を湧きださせる神の御み業わざで必ずや守られるだろう」

「アーメン! アーメン!」一同が声をそろえた。

 再び進みだそうとしたとき、一番若くて目ざとい男があっと一声叫び、頭上にそびえるごつごつした岩を指差した。その頂上から、ひらひらとはためくピンクの布きれがのぞき、後ろの灰色の岩肌にくっきりと映えている。それを認めるや、先頭集団はただちに馬を止め、肩からすばやく銃をはずした。後方からは別の騎馬隊が急いで応援に駆けつけてくる。


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