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第2章 ユタの花(2)
日期:2023-10-31 15:36  点击:239

 しかし、フェリアにはひとつだけ、当時のモルモン教徒から見ると容認しかねる面があった。一夫多妻制の掟おきてに従って、皆と同じく妻を娶めとるよう周囲の者たちが繰り返し説得を試みたにもかかわらず、いっこうに聞き入れなかったのである。なぜそこまで結婚を拒むのかは決して語ろうとせず、あくまで意志を曲げなかった。そんな彼を信仰心が足りないと非難したり、守銭奴だから金を出し惜しみしているのだと陰口をきいたりする者がいた。また、若い時分に熱烈な恋に落ちただの、大西洋岸のどこかの土地でうぶなブロンド娘を捨ててきただの、勝手な憶測が飛び交いもした。実際にどんな事情であれ、とにかくフェリアは頑かたくなに独身を守り続けた。だがそれ以外のことでは、モルモン教の信条に真面目に従ったので、まっとうで実直な人物だとの評判を得た。

 ルーシーはフェリアの建てた丸太小屋で育ち、養父の仕事をかいがいしく手伝った。乳母も母親もいなかったが、山の澄みわたった空気や松林の馥ふく郁いくたる香りに抱かれて、すくすくと成長した。一年ごとに見ちがえるほど背が伸びて丈夫になり、頰は薔ば薇ら色いろに染まった。足取りはますます軽やかで、はずむようだった。街道沿いにあるフェリアの農場の前を通りかかった者は誰もが、たおやかな若々しい娘が麦畑を跳ねまわったり、父の野生馬を生粋の西部育ち顔負けの華麗な手綱さばきで悠々と乗りこなしたりする姿に目を奪われ、長らく忘れていた懐かしい感情が胸に去来するのを感じた。蕾つぼみは美しく花開いた。父親が付近で誰よりも裕福な農場主となった頃には、娘もロッキー山脈以西ではほかに並ぶ者のいない、理想のアメリカ娘ともいうべき可か憐れんな乙女になっていたのだった。

 ただし、娘が少女から大人の女性に変わったことを真っ先に目に留めるのは父親ではない。それが世の習いである。その神秘的な変身はあまりに微妙で、ゆるやかなため、毎日そばにいる者はなかなか気づかないものだ。当の本人でさえ、ふとある声を耳にして、ふとある手に触れられて、突然胸のざわめきとともに初めて気づく。自分のなかで新しい豊かな本能が息い吹ぶいたことを、誇らしさと不安の入り交じった思いで悟る。それがどんなにささやかな出来事であっても、未知の世界の幕開けを告げられた瞬間を女性は決して忘れないだろう。ルーシー・フェリアの場合、その出来事はささやかどころかきわめて劇的で、自分自身と周囲の者たちの将来に途方もない影響を及ぼすこととなった。

 六月のある暖かい朝のことだった。蜜みつ蜂ばちの巣を教団の象徴とするだけあって、モルモン教徒たちはまめまめしく働いていた。畑でも道でも、営々と仕事に励む者たちの活気が蜜蜂の羽音のように力強く響いていた。土つち埃ぼこりをかぶった街道には、荷をどっさり積んで西へ向かうラバが長蛇の列をなして進んでいく。カリフォルニアで巻き起こったゴールドラッシュによって、物資と人が東から西へさかんに移動するようになり、大陸を横断する陸路がちょうどこの〝選ばれし民〟の町を通っていたのだ。道を行く列のなかには、遠くの放牧地から来た羊や去勢牛の群れや、長旅に人も馬もぐったりと疲れた移住者の一行も見受けられた。そうした雑多な集団のあいだを縫うようにして、ルーシー・フェリアは白く透きとおった頰を上気させ、長い栗色の髪をなびかせながら、鮮やかな手並みで馬を駆っていく。父親の使いで町へ行くところなのだが、いつものように言いつかった用事で頭をいっぱいにして、若人ならではの大胆さでまっしぐらに進んでいる。その姿を、旅の垢あかにまみれた冒険者たちは目を細めて見送った。毛皮を運んで移動する無表情な先住民たちでさえ、白人娘の美しさに思わず目をみはり、禁欲的な態度をふっと和らげた。


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